MEDICAL

2024.01.10

テクノロジーを活用し幸せをデザインする理学療法の可能性

今、医療・ヘルスケア分野が先端テクノロジーによって急速に進化しています。CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)といった大型機器ばかりではなく、私たちが日常生活で用いるスマートフォンやタブレットなどのICT端末の高度化や5Gなど通信の高速化もその推進力となって「人生100年時代」を支えることが期待されています。ICTやAI(人工知能)、ロボティクス、センシング技術などの先端テクノロジーを利用した新しい理学療法・リハビリテーションの可能性について、理学療法士としての豊富なキャリアをベースに、「デジタル理学療法」「リハビリテーション工学」に関わる多彩な研究に取り組んでいる順天堂大学保健医療学部の松田雅弘先任准教授にお話を聞きました。

大学院時代に出会った医療と工学の連携

子どもの頃からスポーツが好きで、中高生の頃は野球と剣道に熱中していました。自分も練習中などにケガをすることがありましたし、スポーツ障害で悩む選手を何人も目にしてきました。そうした「スポーツ障害で悩む人たちを助けたい」というのが理学療法の道に進んだ一つのきっかけでしたので、私の専門分野は発達期、つまり未成年の運動障害に対する理学療法でした。

 

そんな中、大学院時代に医療現場で高齢者のリハビリテーションに携わり、脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する「ファンクショナルMRI」などの医療テクノロジーに触れ、工学との連携について興味を持ちました。

 

現在、ICT技術や人工知能(AI)技術はとても進展し、今やスマートフォンやタブレットなどのICT端末は生活必需品となっています。私が学生の頃はスマートフォンのような媒体はありませんでしたが、それでも当時の最先端のテクノロジーに触れることはとても楽しく、「デジタル理学療法」「リハビリテーション工学」など、理学療法士の仕事をサポートする医療テクノロジーの可能性を拓きたいと感じ、研究と医療現場での実践に力を入れるようになりました。

保健医療学部理学療法学科 松田雅弘先任准教授

多くの人に拓かれた理学療法の選択肢を

私の研究テーマの一つに簡易的な歩行計測システムの構築があります。人は誰しも加齢と共に運動能力が低下します。高齢者の身体機能の指標となるのが“歩行速度”で、健常から要介護へ移行する中間の状態とされる「フレイル*」の評価基準としても用いられています。しかし、運動能力の低下は少しずつ進行するため、高齢者本人もなかなか自覚することは難しく、解明されていないことが多くあります。

 

また、総合病院や専門病院などには高精度な歩行計測システムがありますが、誰もが簡単に利用できるわけではありません。しかし、スマートフォンのカメラ機能と画像のAI解析を組み合わせることで、簡易的に歩行能力を評価することは十分に可能です。更には、こうした機器によって集積された歩行に関するビックデータから、「どのような動作がつまづきや転倒につながるのか」など原因がわかるようにもなり、健康状態を「見える化」することで、最適な運動療法の提案などにつなげることができます。

 

*フレイル … 「frailty(フレイルティー)」の日本語訳で、病気ではないが年齢とともに筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい健康と要介護の間の虚弱な状態のこと。

最先端テクノロジーと医療最前線のマッチングを

テクノロジーを活用した理学療法の研究の過程で私が痛感しているのは、「工学のSeedsと医療現場のNeedsをマッチングすることの難しさ」です。技術者や機器メーカーは、病院やリハビリ現場のNeedsを十分に理解しているわけではなく、逆に医療関係者は最先端テクノロジーやビジネスを熟知しているわけではありません。そのため、両者をつなぐコーディネーター的存在が必要となってくるわけです。リハビリテーション分野に関して言えば、私はその役割を理学療法士が担うことができるのではないかと考えています。

 

私は理学療法士が手掛ける歩行支援のサポートロボットについても研究しています。ロボットスーツHALやロコマットなどの高性能歩行支援ロボットはありますが、やはりこれも高価であり、誰もが利用できるわけではありません。歩行リハビリテーションの選択肢を増やすためには、多くの人に使ってもらえるような歩行支援ロボットが必要であるため、企業との共同研究で軽量かつ安価な「無動力歩行支援ロボット」の開発を進めています。

 

このように、技術者によって開発された最新技術を導入したとしても、そのテクノロジーが正しいNeedsに基づき開発され、かつ利用されやすいものであるかは、疑問が生じる場合があります。しかし、私が研究している歩行支援ロボットや、前項でも例に挙げたスマートフォンを活用したロー・テクノロジーなどであれば、治療に来る時以外でも患者さん自身が手軽に利用できることで、治療効果にプラスアルファを生み出す可能性があります。技術開発に関して、まずは医療現場での経験も大切ですが、その蓄えた経験を理学療法士が積極的に技術開発者と共有し意見交換をすることが、最も重要だと考えています。

理学療法の可能性を広げる

これからの理学療法は障害からの機能回復だけではなく、高齢者などの日々の暮らしをより豊かにする「生活支援」でも重要な役割を担うと考えています。人間が患者さんを24時間つきっきりで見守ることはできませんが、機械であればそれが限りなく可能になりますし、そのためにもテクノロジーの導入は必要不可欠であると私は考えています。また、簡単なリハビリメニューの提案や自動カルテの生成などは理学療法士の業務負担軽減や作業効率の向上にもなり、テクノロジーの開発・導入が“働き方改革”にもつながるのです。「人の力+テクノロジー」によって、これまで以上に最適なリハビリテーションの選択肢を用意できるようになるでしょう。

 

また、フレイルなどにより足が動きづらい方は、家の階段の上り下りが困難に感じることもあります。もちろん最新テクノロジーを駆使した理学療法で階段を上り下りしやすくすることも大切ですが、家の階段を上りやすい段差に設計するなど、違った角度から変えていくことも、困っている方を支援する一助となります。どれくらいの段差であれば、フレイルが進行している高齢者でも上り下りが簡単かなど、治療以外の面で定量的な数値を理学療法士から提案していくことも、理学療法士のできるサポートの一つであると私は考えています。

 

子どもから高齢者まで「幸せで豊かな生活」をデザインすることが理学療法士の仕事で、その活動領域は今後ますます拡大するでしょう。そのためにも、機器開発で医療科学部と連携することや、健康データサイエンス学部と共同で“順天堂大学発”の健康アプリ開発を目指すなど、充実した環境整備、また後進の育成にも力を入れたいと思っています。

「健康総合大学」のポテンシャルを生かした教育研究

理学療法士の育成にあたって順天堂大学が「健康総合大学」であるメリットはとても大きいと私は考えています。本学の保健医療学部は医学部や附属病院のリハビリテーション科など多くの医療現場と連携し、現場の業務やNeedsを把握しつつ学べる恵まれた環境があります。医師や看護師をはじめ他の職種と身近に接して学ぶことで、自分の専門性だけでは解決できない大きな課題を意識し、その中で何ができるかについて考える機会を持つことができるからです。保健医療学部の教員も現役の理学療法士として臨床の現場に出ている者が多く、現場で今発生している課題を直接学ぶことが出来るのも、本学の強みの一つと捉えています。

 

また、他大学にはない「リハビリテーション工学」という授業により、次世代を担う学生たちにテクノロジーが開く工学の可能性やリハビリテーション機器・システム開発のプロセスなどを教えています。デジタル理学療法、リハビリテーション工学はまだまだ発展途上にある分野ですので、現在私が教える学生たちこそ、やがてこの分野の主役になってくれると大いに期待しています。

 

更に、20234月に保健医療研究科が開設されました。学部からの進学者と経験を積んだ社会人学生といった多彩なメンバーとともに学びあうことがとても楽しく、私自身有意義な日々を過ごしています。ここから人生100年時代を迎える日本の医療・ヘルスケア分野をリードしていく理学療法士、研究者が続々と輩出されることでしょう。そのために今後も全力を尽くして学生たちの教育と研究にあたっていきたいと決意を新たにしています。

Profile

松田 雅弘 MATSUDA Tadamitsu
順天堂大学保健医療学部理学療法学科 先任准教授
2004年、東京都立保健科学大学卒業。2007年、了徳寺大学健康科学部助手。2008年、了徳寺大学健康科学部助教。2009年、首都大学東京大学院博士(理学療法学)課程修了。2012年、植草学園大学保健医療学部講師。2016年、植草学園大学保健医療学部准教授。2017年、城西国際大学福祉総合学部准教授。2019年順天堂大学保健医療学部先任准教授。東京都立大学システム工学部客員准教授。

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