SPORTS

2020.10.20

スポーツビジョン研究でアスリートをサポート! 順天堂医院 眼科スポーツドクターの挑戦

順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)の眼科では、国内の大学病院で唯一の「スポーツ眼科外来」を設置しています。担当する工藤大介先生はアスリートを診療するかたわら、いまだ解明されていないことが多い"スポーツビジョン※"の評価について、新たな測定評価法やトレーニング法の確立を目指し、研究を続けています。 ※スポーツビジョン:スポーツを行ううえで重要となる視覚機能及びその評価

トップアスリートが訪れる順天堂医院スポーツ眼科外来

現在、眼科専門医の公認スポーツドクターとして、順天堂医院のスポーツ眼科外来で診察を行っています。スポーツドクターといえば一般的に整形外科医が多いのですが、眼科専門医のスポーツドクターも国内に約20名が登録されています。
順天堂医院スポーツ眼科外来には国際大会に出場するようなアスリートやプロ選手が多く訪れ、トップアスリートならではの目の悩みを訴えられます。例えば射撃競技の選手の場合、一般の方なら気づかないような乱視をとても敏感に察知されます。視覚に関する感度が非常に高いため、コンタクトレンズを利用する場合も通常の調整では対応できません。
また、あるプロバスケットボール(Bリーグ)の選手はポジションの特性で、プレー中に電光掲示板の時計を確認しなければなりません。ところが、時計がよく見えるようにするとフィールドプレーがしづらくなり、フィールドを重視すると反対に時計が見づらくなるため、両者のバランスを取る工夫が必要でした。シュートの際の見え方にも独特のこだわりがあり、ただ視力を矯正すればいいというわけではないのです。サイズや度数が少しずつ異なるコンタクトレンズを渡し、実際に練習や試合で使ってみた感覚でレンズを決めていただいたりしています。

外来で診察する工藤先生

まだ解明されていないことが多い「スポーツビジョン」の世界

スポーツに関する視覚や視機能のことなどを総称して「スポーツビジョン」と呼びます。スポーツに視機能が重要であることはおよそ100年前から米国の論文に記載されていますが、どのような視機能がスポーツのどの部分に影響しているのかということまでは、まだ十分に解明されていません。
例えば、「動体視力」という言葉は多くの人が知っていますが、これまで「動体視力」とされてきたものは、各研究者や実験施設が独自の手法で測定・評価しています。しかし、実際に動体視力とはどういうもので、どのように測定・評価するのか、国際的な基準は実はまだ存在していないのです。

一時期、国内でも米国の手法を真似て、アスリートが視機能の8項目検査(①静止視力、②動体視力<縦方向>、③動体視力<横方向>、④コントラスト感度、⑤眼球運動、⑥深視力、⑦瞬間視、⑧眼と手の協調性)を測定することが増えました。しかし、施設によって測定方法が違っていたりしますし、視機能がどれほど競技成績と関連しているのかを検証することは難しいのが現状です。
競技成績には筋力、瞬発力、判断力、経験値など無数の要素が関連しており、視機能はその一部に過ぎません。また、競技にはそれぞれ特性があり、同じ競技でもポジションにより求められる視機能は異なります。つまり、スポーツビジョンとは解明されていないことが非常に多い分野なのです。

学生時代はラグビー部に所属していた(前列左端が工藤先生)

米国での「スポーツビジョン」の現状とは

私がスポーツビジョンの研究を始めたのは、10数年前の米国留学がきっかけです。オレゴン州ポートランドにあるパシフィック大学で、グラハム・エリクソン教授からスポーツ眼科の集中講義を受け、米国における最先端のスポーツビジョンのコンセプトや現状を俯瞰することができました。さらにカリフォルニア州サンディエゴのスポーツビジョンクリニックでの実習を通じ、スポーツビジョンの臨床現場を実際に体験することができました。
米国では、開業医が自分で編み出した独創的なトレーニング方法を選手に提示して、選手を自分のクリニックに集める、という形でスポーツビジョンが成立しています。しかし現場を見ていると、必ずしも全てのトレーニングに明確な科学的裏付けがあるわけではないことがわかりました。私は、眼科医として、このようなトレーニングの科学的裏付けとなるような研究をして、選手を視覚面からサポートしたいと強く思いました。この米国での体験が、私がスポーツビジョンの研究を始めたきっかけです。スポーツと視覚の関係に科学的エビデンスを見出し、選手を視覚面からサポートすること。早い時期に自分の研究の方向性を定めることができたので、以来、一貫して研究のベースは「スポーツと視覚の関係における科学的根拠の確立」に置いています。

眼球運動の研究から視機能トレーニングの開発へ

研究の方向性が定まった後、私もしばらくは前述の8項目検査を続けていたのですが、測定結果を出すということ以外に進捗がない状況が続きました。とはいえ、どうすればいいのかアイデアもなく悩んでいた時、上司である眼科学講座の村上晶主任教授から紹介されたのが、当時、本学医学部生理学第一講座を主宰されていた北澤茂教授(現・大阪大学医学部生理学教授)でした。
生理学の分野では昔から眼球運動が研究されており、その神経メカニズムと動的特性がかなり解明されていました。しかも定量的解析が可能で、測定方法も世界共通なため再現性があります。

眼球運動は「動き」に対する反応を測定するため、実際のスポーツシーンにおいてボールや相手の「動き」を視覚的に捉える能力に直結した指標となり得ます。当時、北澤教授の研究室には精密眼球運動測定装置があったため、北澤教授のご指導のもと、これを使ってさまざまな実験や解析を行うことができました。さらに、動体視力を測りながら眼球運動を精密に測定する装置も自力で開発し、横方向の動体視力の測定を通して精密眼球運動の解析ができるようになりました。現在では、トレーニングにより眼球運動のどの成分が変化するのか、動体視力の数値を向上させるにはどの成分が関与しているのか、徐々に明らかになりつつあります。
このように眼球運動を使った定量化の手法を活用すれば、科学的根拠に基づいた新たなスポーツビジョンのトレーニング法を開発できる可能性があります。さらに、選手がどのような競技に向いているのかを予測したり、各競技に必要な視機能を把握して伸ばすこともできるようになるかもしれません。

独自に開発した動体視力を測りながら眼球運動を測定する装置
工藤先生は今、医学部の学生の実習指導にも力を入れている

ラグビーによる失明の危機からスポーツ眼科の道へ

私が眼科を志したのは、学生時代、所属するラグビー部の試合中に大怪我を負ったことがきっかけです。右眼が網膜剥離になり、一時は「失明するかもしれない」とまで言われました。しかし、手術が成功し、その後も眼科の先生方の懸命な治療により、視力を失わずに済みました。ただ、今でも右眼の眼球にはシリコンバンドが巻かれています。この経験から、それまで眼科という進路を全く考えていなかった私が眼科を選ぶことになりました。

スポーツ眼科を専門とするようになったのは、順天堂大学眼科に入局してからです。“スポーツによる眼のケガで眼科医になったのだから”と周囲に勧められ、専門とすることになりました。徐々にプロのトップアスリートや国際大会に出場する日本代表選手などの診察依頼を受けるようになり、公認スポーツドクターの資格も取得しました。順天堂に奉職して約20年、私自身、順天堂に育てていただいたので、今は医学部の学生教育にも力を入れています。
実のところ、私は眼科医なので、眼の“病気”には詳しいですが、生理学的な面での眼球運動については、あまり詳しくありませんでした。現在行っている研究は、学内外の生理学、スポーツ科学、認知科学、工学など多くの研究者の方々との出逢いや協力があってこそ続けられたものです。長年の研究により、ようやく科学的エビデンスに基づいたスポーツビジョンの土台ができつつありますので、そこから生まれたトレーニング方法をアスリートに使っていただくのが私の願いです。毎日懸命にスポーツに取り組むアスリート達のために、少しでも力になれたら本望です。

手術で執刀する工藤先生

Profile

工藤 大介 KUDO Daisuke
順天堂大学医学部眼科学講座 助教
スポーツドクター

1998年3月、宮崎医科大学医学部(現:宮崎大学医学部)卒業。
順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科助手、同練馬病院眼科助教、社会福祉法人賛育会病院眼科科長・管理医長を経て、2018年4月より順天堂大学医学部附属順天堂医院助教、外来医長。眼科専門医の日本スポーツ協会公認スポーツドクターとして、順天堂医院スポーツ眼科外来で診察に携わる。

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