MEDICAL

2023.11.10

バスケットボールW杯 "チーム順天堂"のドクターが見た熱狂と感動の舞台裏(前編)

今夏、日本中が熱く燃えたFIBAバスケットボールワールドカップ2023。日本代表は48年ぶりに自力での五輪出場権獲得を果たし、試合会場となった沖縄アリーナ(沖縄市)では、連日大勢のファンが選手たちに大声援を送りました。日本バスケットボールの歴史に刻まれる今回のW杯を医療面から支えていたのが、順天堂の4人のスポーツドクターです。日本代表のチームドクター、組織委員会のメディカルオフィサーとして、「アスリートファースト」の精神で奮闘した金勝乾先生、深尾宏祐先生、市原理司先生、小松孝行先生に、表にはなかなか出ることのない仕事ぶりや、歓喜に沸いた大会の舞台裏をうかがいました。

選手のけがも観客の急病もサポート

――今回、金先生は日本代表のチームドクター、深尾先生、市原先生、小松先生は組織委員会のメディカルチームのお立場で大会に参加されましたが、具体的にどのような役割だったのでしょうか。

 

 チームドクターとしては、大会期間中チームに帯同して、選手やスタッフの健康管理を行いました。基本的には、選手のケガの対応が中心ですが、そのほかにも、たとえば食事が合わずおなかを壊したとか、スタッフに風邪の症状があるとか、内科的な不調も含めた健康管理が仕事です。

 

深尾 僕と市原先生と小松先生は、FIBA(国際バスケットボール連盟)のメディカルオフィサーという立場で、JBA(日本バスケットボール協会)からの指名をいただき、沖縄ラウンドの医療サポートを担当していました。沖縄で試合をする各国の選手やチームスタッフはもちろん、観客、大会関係者、運営スタッフなど、会場にいるすべての人の体調不良やケガに対応するのが、我々の役目です。

 

小松 各国のチームドクターとは、スマホの通信アプリでいつでも連絡が取れる体制を整えていて、「うちの選手がケガしたみたいだから検査してほしい」という依頼があれば、現地の医療機関ですぐに検査を受けられるよう手配しますし、会場で観客が倒れたりした場合の救護も私たちの担当です。

 

市原 場所が沖縄だったこともあり、全国から“弾丸ツアー”で旅行も兼ねて応援に来た方も多く、移動疲れで体調不良になる方がいたり、観客の妊婦さんが「おなかが張っているかも」と医務室に来られるなど、色々なことがありました。でも、深尾先生が内科、小松先生が救急、私が整形外科でそれぞれ専門が違うので、うまく対応できましたよね。そこは、幅広く対応できるように深尾先生がこのチームを作ってくださった、ってことですよね?

 

深尾 もちろん(笑)。メディカルオフィサーは観客の急病にも対応するので、救急の小松先生にいてほしかったですし、国際大会は英語での対応が増えるので、整形外科の中でも海外経験が豊富な市原先生が適任かな、と。実際、大会中に救急搬送が8件あったうち、選手のケガは1件だけ。あとの7件は、観客、スタッフの熱中症や内科疾患でした。そういう場面では、他科の先生よりも僕(内科)や小松先生(救急)の方がやっぱり決断は早い。そういう点でもすごくいいチームだったと思います。

金勝乾 教授
深尾宏祐 先任准教授
市原理司 准教授
小松孝行 准教授

奇跡的に手に入った「日本に一つだけの装具」

 チームドクターとして、深尾先生たちに病院の手配をお願いしたことがあったのですが、すぐに対応してくれて、しかもとてもスムーズだった。しっかり準備してくれていたのだなと分かりました。それに、順天堂の“後輩”たちなので、あまり気を遣うことなく、「これ、お願いできる?」くらいのラフな感じで相談できて、非常に助かりました。

 

市原 金先生が、手をケガした選手のことで僕に連絡してくださったことがありましたよね?

 

 あったね。市原先生は手が専門なので、すぐ相談しました。自分の専門から外れていて、どうしたらいいか迷う時は、かっこつけてもしょうがない。専門の先生に意見を仰いで対応するのが一番“選手のため”になりますからね。

 

市原 実はあの時、金先生にお返事する前に、最近の文献をめちゃくちゃ調べたんです。自分でも症例として経験があるし、本来は自信を持って話せるはずなのですが、日本代表の大事な選手たちだと思ったらより慎重になって……。あの時はかなりプレッシャーでしたね。

小松 金先生はすごくマイルドに「お願い」って言ってくださったのですが、海外のチームドクターからは、「え?それを今?!」みたいな、なかなか難しい依頼もあったりして……(笑)。でも、それもすべて選手を思うが故の依頼なので、基本的にはどんなことでも「NO」とは言わないと決めて対応していたんです。

 

市原 大変だったよね、ブーツみたいな装具の手配が……。

 

小松 そうでしたね(笑)。ドイツのとある中心選手(現役NBA選手)が足首を捻挫した時、ドイツのチームドクターから、リカバリーのためにブーツタイプの装具が必要だと言われたんですよ。でも、そもそも日本ではあまり使われていない装具なので、用意していませんでした。しかも、足のサイズが30何センチだったか……とにかく大きくて、一般的なサイズじゃなかったんです。

 

市原 でも「どうしても必要なんだ!」ってオーダーされて、現地の理学療法士さんのツテで業者に問い合わせたら……。

 

小松 嘘かホントか分からないんですけど、「今、日本に1個だけある」と(笑)。

 

深尾 あったんですよ、しかも沖縄に(笑)。米軍用だったみたいですね。

 

小松 それを受け取るのも一苦労で、試合があるのでどのスタッフも持ち場を離れられず、医療通訳の方に車で受け取りに行っていただきました。大変でしたけど、その後の試合で選手が復帰してプレーしている姿を見た時は、苦労した甲斐があったなと思いましたね。

夜ご飯は毎日牛丼?“国際大会”のスケジュール

市原 他の出場国の放映時間の関係もあり、毎日2試合目が午後11時ごろに終わるので、その時間から病院に行って、検査して、治療するとなると、終わるのは日をまたいで午前1時、2時。沖縄の病院の先生方にもその時間まで対応していただいて、本当にありがたかったです。

 

――そんなに遅くまで仕事をされていたんですね。

 

市原 試合がすべて終わってもすぐにホテルに戻れるわけではなくて、すべての選手が会場を出るまでは待機していたので、仕事が終わるのはだいたい毎日午前0時過ぎ。朝も、選手が午前8時半から練習やトレーニングを始めるので、その30分前には会場に入っていました。それが2週間続いたので、体力的には大変でしたね。

 

小松 仕事終わりで食事したくても、開いている店がないので、僕らはほぼ毎晩牛丼を食べていました。

 

市原 大会中、金先生に「ご飯ちゃんと食べてる?」と心配していただいたんですけど、「いつも牛丼食べてます」って(笑)。

 

 そうでしたね(笑)。私の場合は選手とホテルに戻るのですが、トレーナーのケアを受ける選手の状態を把握する必要があるので、私も毎日夜中までトレーナールームにいました。だから、こちらも自分の時間はあまりなかったですね。

「CLUB満身創痍」。だけど希望と明るさがあった

――選手のケガといえば、日本代表の馬場雄大選手(長崎ヴェルカ所属)がベネズエラ戦で肩を痛めたシーンは、テレビの中継を見ていてとても心配でした。

 

 あの時は、ベンチでトレーナーとちょっと診て、応急処置のために一旦ロッカールームに戻ろう、って話になったんですよね。そうしたら、急に馬場選手がロッカーに向かってダッシュで行ってしまって(笑)。アリーナから走って出ていく馬場選手の姿がテレビ中継でも流れたみたいですが。急に一人で走って行ったので、追い掛ける僕らスタッフも走らざるを得なくなって。久しぶりです、あんなに走らされたのは(笑)。

馬場雄大選手(左)と渡邉雄太選手(右・NBA/フェニックス・サンズ所属)はギリギリの状態で戦っていた。(画面中央奥は金先生)

――日本バスケットボール協会公式YouTubeの動画には、馬場選手と渡邊雄太選手が「CLUB満身創痍」と冗談めかして話しているシーンもありましたが、実際にはどうだったんですか?

 

 割と主力の選手たちがケガをしていたので、ちょっとギリギリでした。ギリギリではありましたけど、完全にアウトではなかったので、選手も私も「なんとか試合に間に合わせよう」と、希望を持ってずっとやっていました。ベネズエラ戦の時の馬場選手も、あの試合が終わった時はもう肩が全然動かせない状態でしたが、次の日には90度ぐらいまで腕が上がるようになっていて、「1日で90度だから、明日は180度じゃん?」なんて冗談を言いながら、明るくやってました。だから、雰囲気は暗くはなかったんです、満身創痍ではありましたけど。

 

深尾 僕、渡邊選手がW杯前の強化試合(アンゴラ戦)で足首痛めた時、ちょうど会場にドクターで入っていて、目の前で見ていたんですよね。

 

 渡邊選手はNBAではスポット(短時間)で出ることがほとんどの選手で、でも日本代表ではエースだから長い時間コートに立たなくちゃいけない。もちろん練習はずっとしていましたが、捻挫した後は試合に出られなくて、初戦のドイツ戦が“ぶっつけ本番”だったんですよね。その状態で30分以上出続けて、ひどい筋肉痛みたいな状態になってしまったんです。病院で検査をして、試合に出ても大丈夫という判断にはなったんですが、次のフィンランド戦で頑張ったら、本当に脚が動かなくなった。ドイツ戦(初戦)では「ずっと脚がつってました」って言ってたけど、フィンランド戦の後はもうほぼ動けなくなって。

 

市原 すごいな……。

 

 筋肉の方の痛みがひどすぎて、本人はもう「捻挫の痛さはどうでもいいです」と言うぐらいで。そのころでしょうね、「CLUB満身創痍」っていう言葉が出てきたのは。ただそれでも、国際大会でヨーロッパに初めて勝って、「いけるぞ」っていう空気がチーム全体にあった。雰囲気はすごく良かったですよ。

 

小松 選手が明るくいられたのは、金先生のお力もあると思いますよ。報道やSNSでは、ネガティブなものも含めていろんな情報が流れていましたけど、それを気にせず、選手が不安にならないような声掛けを金先生がされていたからじゃないですか?

 

 それは褒めすぎですよ(笑)。

 

 

―― 後編に続く。

後編はこちら

Profile

金勝乾 KIM Sung-gon
順天堂大学医学部附属練馬病院 医学研究科整形外科・運動器医学 教授
日本バスケットボール協会 男子日本代表チームドクター

深尾宏祐 FUKAO Kosuke
順天堂大学スポーツ健康科学部 先任准教授
FIBAバスケットボールワールドカップ2023組織委員会 チーフメディカルオフィサー

市原理司 ICHIHARA Satoshi
順天堂大学医学部附属浦安病院 医学部整形外科学講座 准教授
FIBAバスケットボールワールドカップ2023組織委員会 メディカルオフィサー

小松孝行 KOMATSU Takayuki
順天堂大学医学部スポーツ医学研究室 准教授
FIBAバスケットボールワールドカップ2023組織委員会 メディカルオフィサー

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