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2021.09.21
一度は離れたサッカーの世界で。 選手のけが予防を支える理学療法士の役割とは?
大学時代はサッカー選手として活躍していた保健医療学部理学療法学科の宮森隆行講師。一度はけがで競技を離れましたが、理学療法士という新たな道を進む中で、再びサッカーに携わるようになり、現在はサッカーをはじめとするアスリートのけがの予防やリハビリに力を尽くしています。宮森講師に、サッカーに特徴的なけが、けが予防の最前線、大学スポーツの現場に関わる理学療法士の在り方などについて話を聞きました。
Jones骨折は人工芝がリスクに
サッカーで起きるスポーツ外傷・障害は、約70%が下肢に集中しています。多いのは、大腿部(太もも)や下腿部(ふくらはぎ)の肉離れ、足関節の捻挫などですが、サッカーに特徴的なけがの一つに、Jones骨折(ジョーンズ骨折)があります。
Jones骨折は足の一番外側(小指側)にある第5中足骨の疲労骨折で、サッカー、ハンドボール、バスケットボールなど、急な切り返しが多いスポーツで起きやすいけがです。素早い動きを繰り返し行うことで骨へのメカニカルストレスが蓄積され、亀裂が入ってしまうのです。原因はさまざまですが、股関節の可動域制限、骨形成を促進するビタミンDの摂取不足などが指摘されています。
サッカー選手にJones骨折が増え始めたのは約20年前で、それ以前はサッカーではほとんど見られないけがでした。私自身、25年ほど前に順天堂大学でサッカーをしていましたが、当時は周りにJones骨折をしたという選手はいなかったと思います。ではなぜ急に増え始めたのか。その理由として考えられているのが、人工芝の普及です。
サッカートレーニングでの人工芝の使用頻度とJones骨折との関連を明らかにしようと、我々は、国内のサッカー競技者約3,000人にアンケート調査を行いました。その結果、日常的に人工芝でプレーしている人は、そうではない人に比べ、Jones骨折のリスクが3.4倍に高まることが分かりました。滑りやすく体にかかる負荷が少ない土のグラウンドに比べ、人工芝は止まりやすく体にかかる負担が大きいことが、疲労骨折のリスクになっていると考えられます。
GPSデータで選手一人一人の運動強度を管理
体へのダメージが蓄積されて起きるスポーツ障害は、定期的にリスクファクターのチェックを行うことで、ある程度予防することが可能です。私が理学療法士として関わっている順天堂大学女子蹴球部では、月1回の体組成測定、週1回の筋力・関節可動域・バランス能力の測定などを通じて、けがのリスクとなる要素を定期的に評価しています。
さらに今注目されているのが、GPSデータを駆使したけがの予防です。サッカーやラグビーでは近年、選手にGPS機器を装着し、総移動距離や移動スピードの変容などを詳細に記録するチームが増えており、順天堂大学女子蹴球部でも活用しています。そのデータはチームの戦術だけではなく、選手の運動負荷を把握し、けがのリスクを判断する材料としても活用されています。そのリスク判断をするために使われているのが、Acute Chronic Workload(ACWR、アキュートクロニックワークロード)という指標です。
ACWRは、GPSで得られた総移動距離、加速・減速の回数などのデータを元に、けがをした時点の過去1週間の急性(Acute)負荷と、過去1カ月の慢性(Chronic)負荷を計算し、その比率によってけがのしやすさを評価します。最近の研究では、慢性負荷に対する急性負荷の比率が2倍以上になると、けがのリスクが5~6倍高まるとされており、こうした新たな知見やデータを活用することで、運動強度を適切に管理し、けがを予防することが可能になっています。
メディカルではなく教育者の視点で選手を見る
理学療法士は、徒手療法(※1)や物理療法(※2)を使って対象患部の痛みを軽減することができますが、スポーツ障害では、その部位が痛くなる原因は体の中のほかの部位にあることが珍しくありません。再び同じけがをしないように、全身を観察して痛みの原因を探り、選手に伝える。それが、全身の動作を評価できる理学療法士の本質的な役割だと考えています。
そのことを特に私が強く感じるのは、自分が長く大学サッカーの現場に携わってきたからかもしれません。私は、現場で選手がけがをした場合、もちろんけがの評価や治療はしますが、あまり手厚くリハビリに関わることはしません。何でもしてあげることが、必ずしも選手の成長には繋がらないからです。将来、その選手が海外でプレーすることになった場合、言葉や文化が異なる環境で戦っていくためには、自分の体をよく知り、セルフケアできる力が不可欠です。けがをしたら、なぜこのけがをしたのか、このけがにどんな特徴があるのかを選手にしっかり理解してもらい、自分でケアできるように導くことこそ、私の役割だと思っています。メディカルスタッフというよりは、指導者や教育者の役割として選手と向き合うことが大切です。
しかし、これは高校や大学を含めた育成年代のスポーツの場合で、競技成績が選手の年俸を左右するプロ選手に関わる理学療法士は、医療人として、より職務的な役割が求められるでしょう。その意味では、私は育成向きのスポーツ理学療法士かもしれません。
(※1)痛みを減らし、動きが制限されている組織の状態を改善するために行う、手を用いた治療法。
(※2)電気や超音波、温水・冷水の熱などを利用した治療法。
プロ断念後に見つけた理学療法士という道
幼いころからサッカーをしていて、高校時代は国体選抜にも選ばれました。私が高校を卒業して大学に進学した1993年は、ちょうどJリーグ開幕元年。高校卒業前にJリーグのチームからの誘いもあったのですが、プロ引退後のキャリアを考え、中学・高等学校保健体育科教職免許を取得するために順天堂大学への進学を選びました。
在学中は、大学4年時に主将を務めて、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで優勝し、そこでの活躍が、あるJリーグチームの目にとまり、卒業間際の1月にそのチームのキャンプに参加することになりました。しかし、キャンプ中に膝の後十字靱帯断裂という大けがをしてしまい、結局プロ入りの話は白紙になってしまいました。この時、けがの診察も含めて色々と相談にのって頂いたのが、当時、蹴球部のチームドクターを務めており、現在、保健医療学部理学療法学科の池田浩教授になります。
けがをするまでは絶対にプロ入りを勝ち取るつもりだったので、当然就職先も決めていませんでした。燃え尽き症候群のようになってしまった私は、膝は痛い、サッカーはできない、就職先も決まっていないという八方塞がりの状態で大学を卒業したのを覚えています。
その後、とにかくサッカーから離れようとレストランでパン作りのアルバイトをしていましたが、ある日立ち寄った書店で、一冊の本が目にとまりました。それが、「理学療法士になるには」という本 でした。実はこの時まで、私は「理学療法士」という資格があることさえ知りませんでした。
その本を読んで、けがを治すだけではなく、患者さんが日常生活動作を獲得する手助けをし、その後の人生をサポートする理学療法士の仕事に興味を抱きました。自分がけがをしていたということもありますが、それ以上に、人の人生をサポートする仕事は素敵だと思いました。翌年、その本の著者である丸山仁司先生が理学療法学科長を務めていた国際医療福祉大学に入学。27歳で理学療法士になり、順天堂大学医学部附属伊豆長岡病院(現:静岡病院)に4年間勤務しました。
診断力を鍛えられた留学中の臨床実習
伊豆長岡病院(現:静岡病院)での勤務の後は、スポーツ健康科学部に配置転換となり、助手として勤務していたのですが、2009年に一度順天堂大学を退職して海外大学院への留学を決断しました。日本の医療制度では、理学療法士が患者さんに関わるのは、医師の診断の後です。しかし海外の多くの国では、理学療法士へのダイレクトアクセスが認められているため、医師の診断がなくても、直接、理学療法士の治療を受けることができます。そのため、理学療法士が患者さんにさまざまな問診をして病態の仮説を立て、クリニカルテストをしながら鑑別診断に導くクリニカルリーズニング(臨床推論)が当たり前に行われています。ニュージーランドのオタゴ大学大学院留学中は、スポーツクリニックで臨床実習を経験しましたが、クリニカルリーズニングの経験も乏しく、英語力も十分ではなかったので、毎日汗だくになりながら学修に取り組んでいました。しかし、その経験は本当に良い財産になっています。
この時に磨いた英語力を生かして、東京2020オリンピック・パラリンピックでは、選手村総合診療所理学療法サービス部門のコアスタッフとして、海外選手の治療やケアに携わりました。理学療法学科からは、私のほかに、相澤純也先任准教授、中村絵美助教もスタッフとして参加していましたが、これらの貴重な経験も今後の理学療法学科の学生教育に役立つものになると思っています。
スポーツ健康科学部との橋渡し役に
順天堂大学保健医療学部理学療法学科の魅力はたくさんありますが、まず学生数が多く、いろいろな考えや背景を持った仲間と触れあえるという点は、大きな魅力だと思います。また、学生が通うキャンパス内に医学部附属順天堂医院があるので、学生は1年前期から病院で見学実習をすることができます。昨今、医療現場では多職種間連携が不可欠ですが、医学部を始め医療系の学部・学科がそろった大学のため、学生時代から臨床実習や他学部間交流を通じてチーム医療の基礎を身に付けることができます。
さらに、スポーツ分野に興味がある学生にとっては、附属病院のみならず、スポーツ健康科学部があることも魅力でしょう。医療と同様に、スポーツの現場においては、コーチングスタッフ、アスレティックトレーナー、スポーツファーマシスト、スポーツ栄養士など、専門職の方々とのチームアプローチが重要です。スポーツ健康科学部との交流は、そうした力を育てる助けになると考えていますし、今後はさらに接点を増やして学生教育に力を尽くしたいと思っています。