MEDICAL
2023.12.20
有効な尿検査に向けた研究と人材育成
健康診断などでも行われる尿検査は、患者さんの身体的負担が少なく簡便に体の状態を知ることができることから、一般的な検査のひとつです。今回は尿検査の中でも顕微鏡を使って尿中の細胞や結晶を調べる沈渣検査を専門とする順天堂大学医療科学部臨床検査学科の宿谷賢一教授にお話を伺いしました。
身体に負担をかけず健康状態を調べられる尿検査
――健康診断などで行われる尿検査は、どのような検査なのですか。
尿検査は、“一般検査”に含まれる検査です。“一般検査”とは、尿や便、髄液など、血液以外を調べる検査のことで、これらは採血のような身体的な苦痛がなく、繰り返し調べられるというメリットがあります。また、“一般検査学”という学問はそもそも本学医学部から始まったとされるものでもあるのです。
尿検査は尿定性検査(試験紙法)、尿生化学検査、尿沈渣検査(顕微鏡検査)といった種類に分かれます。このうちもっとも手軽に行えるのが“尿試験紙法”で、健康診断などはこの方法がよく行われています。採取した尿にスティック状の試験紙を浸したときの反応を見ることで、pH*、タンパク、糖、潜血など、尿に含まれる成分の有無や量を調べますが、他の2つと比べて診断の正確性は低く、簡易検査の性質が強いと言えます。
*pH … 水溶液中の水素イオン濃度の指数。「ペーハー」ともいう。
――そのほかの尿生化学検査と尿沈渣検査(顕微鏡検査)はどのような検査ですか。
尿生化学検査は尿中に含まれる成分の量まで調べる検査で、専用の分析器が必要になるため、試験紙法のように手軽に行うものではありません。尿生化学検査では尿中の成分を分析し、栄養状態の確認や疾患部位の推測を行います。主に調べられる項目としては、タンパクと腎臓の機能を示すクレアチニンがあげられます。
もうひとつの顕微鏡検査は、尿を遠心分離機という、液体と固形分にわける装置にかけ、液体を取り除いて残った残渣物(固形分)を顕微鏡で調べる検査法です。尿沈渣検査とも呼ばれるこの方法により、赤血球や白血球、腎臓などから剥がれ落ちた上皮細胞、塩類、結晶類などを見つけることができます。
――尿からはかなりいろいろなものがわかるのですね。
確かに調べ方次第ではいろいろなことがわかるのですが、血液は常に同じ量が流れており、pHの変動がないのに対して、尿は日によって濃縮されたり希釈されたりと濃度が一定ではなく、尿ならではの難しさがあります。
尿中の成分を調べる尿沈渣検査のエキスパートとして
――尿検査の中でも特に注力しているものはありますか。
尿の中にある固体成分を顕微鏡で調べる尿沈渣検査を私は専門としています。例えば、味噌汁を煮詰めていくと水分が蒸発して塩分が濃くなってしまうのと同じで、尿の量が減ると成分が濃くなり、固まってしまうことがあります。そうやって濃くなって析出(液体から固体が分離してあらわれること)した結晶や結石と呼ばれるものを見つけ出すことが尿沈渣検査です。対象となるのは、健康な状態の尿中には見られない赤血球や白血球、尿の量が増えすぎたり減りすぎたりしたときに出てくる成分で、試験紙法などでは判断できない多くの病気を見つけ出すためにこの検査を行います。
他にも、腎臓の機能が低下して血液を濾過できなくなると、尿細管が詰まって炎症を起こし、剥がれ落ちた細胞が尿中に混ざって出てくるものや、膀胱炎や腎盂腎炎などの感染症を引き起こす細菌、腎臓や膀胱のがん細胞、ファブリー病*という遺伝疾患であらわれる特殊な成分なども尿沈渣検査で調べることができます。
*ファブリー病 … 幼児期や学童期から、鋭い手足の痛みや、無汗、下痢や腹痛の頻発等の症状がある先天性の難病。
――尿沈渣検査にはどのような課題があるのでしょうか。
検査結果がこの検査を行う臨床検査技師の技術によるところが大きいことです。例えば、炎症を起こした腎臓の組織については機械で調べることができないので、顕微鏡を使って人の目で見て、どの細胞のものかを区別するしかありません。
――経験が浅い臨床検査技師では、病気を見過ごしてしまう恐れがあるということですね。
そうならないように、本学医療科学部臨床検査学科では、尿沈渣検査に関する技術習得ができるような教育にも力を入れています。ただ、学部教育の中で高度な技術を習得するのは限界がありますので、臨地実習を通した実践的な教育を行えるような環境整備も考えています。
また、将来的には尿検査も自動化を目指しており、新たに成分の変化が発見されたときはすぐに機械で検出できるようにするなど、既存の成分をさらに高精度で評価できる分析器の開発にも関わっています。私はこの分野について国内ではもっとも長く携わっていますので、日本製の全ての分析機器を評価する受託研究をしながら、台湾の検査ガイドライン作成にも参画しています。
腎泌尿器系疾患の悪性度と関連する重要な細胞を特定
――研究ではどのようなテーマに取り組んでいますか。
尿中にあらわれる沈渣物(有形成分)のうちでも特に、腎臓疾患との関わりが深い尿細管上皮細胞を対象として、その細胞と病気の関係について研究しています。腎臓疾患にかかると尿細管上皮細胞が尿中に剥がれ落ちるのですが、尿からこの細胞だけを取り出して培養液につけておくとどんどん増殖することが1970年代から知られていていました。
それが具体的にどのような細胞なのかは明らかになっていませんでしたが、私は長年におよぶ尿沈渣検査の研究により、この細胞が尿細管上皮細胞の中でも“丸細胞型”と呼ばれる細胞であることを明らかにしました。これは炎症を起こして上皮細胞が失われても再生することに役立ちます。
――それはすごい発見ですね。臨床にはどのように役立てることができますか。
尿細管上皮細胞の丸細胞型は健常時の尿中にも見られるもので、長く検査していれば何度も見かけることのある細胞でしたが、出現数が少ないために長らくスルーされていました。しかし、この細胞は腎臓や泌尿器系の病気と深く関わりがあるようなのです。
糖尿病などが悪化して腎臓の機能が低下し、クレアチニンという物質の値が4以上になると透析の対象となりますが、クレアチニンの数値が一気に悪くなる人と横ばいのまま悪化しない人とがいます。この違いを調べると、腎機能が悪くなる人は尿中の丸細胞型の数が多く、悪化しない人は丸細胞型の数が少ないことがわかったのです。
そのメカニズムについてまだ十分には明らかになっていないので、これからも実験を重ねて解明していく必要がありますが、腎泌尿器系疾患の早期発見や予防に役立てられる可能性があります。
日本の一般検査学をリードする順天堂大学
――これらの研究をどのように発展させていきたいと考えていますか。
まず尿検査の全体的な発展が必要ですし、その上で尿沈渣検査に注力していきたいと思っています。例えば、腎臓や尿細管の状態を調べる場合、全身麻酔で腎臓に針を刺して細胞を採取する腎生検という方法もありますが、この方法は患者さんの負担が大きく、何度も行うことができません。その点、尿沈渣検査なら患者さんの負担なく何度でも行うことができますから、病気の発見につながるような新たな有形成分を探索していくと同時に、そういった研究を学問体系として確立していくことも重要です。
――最後に、今後に向けた目標などあれば教えてください。
冒頭でも述べましたが、“一般検査学”という学問は順天堂大学医学部から始まったとされるもので、歴史的に尿検査を含む一般検査に強いバックグラウンドがあります。私が順天堂大学に来たのも、日本のトップの大学で一般検査学を研究したいと思ったからです。
そのような歴史的背景もありますが、実は国内の大学で一般検査学を専門に行っている大学は5校くらいしかありません。その中で、一般検査で学位を取得している専門家となるとさらに少なく、現役教員としては私が一番古くから携わっている自負があります。
この分野をさらに発展させたいと考えていますし、私が歩みを止めるわけにもいかないので、自分が引き続きリーダーシップをとっていく気持ちでいます。そのために、順天堂大学の学生はもちろん、日本やアジアの国も巻き込み、世界的に羽ばたけるような後進の育成に取り組んでいきます。