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2020.07.31

薬剤耐性菌(AMR)から人々を守る! 順天堂大学の途上国支援プロジェクトが私立大学で初めて感染症分野SATREPSに採択!

16.平和と公正をすべての人に

抗生物質に対して抵抗力を持つ「薬剤耐性菌(AMR:AntiMicrobial Resistance)」。近年、地球規模で拡大しており、世界保健機構(WHO)も「人類が共同で取り組むべき最重要課題」と位置づけています。2014年以来、医療保健分野でミャンマーへの研究支援に携わってきた順天堂大学(大学院医学研究科微生物学 切替照雄教授)は、私立大学で初めて、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)」に条件付き*で採択されました。


*条件付き:【国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 2020年6月25日付プレスリリース 「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)における令和2年度新規採択研究課題の決定」より引用】今後は、外務省による相手国政府との実施にかかわる国際約束の締結、それに続くJICAによる相手国関係機関との実務協議を経た後、研究課題ごとに共同研究を開始します。しかし、相手国関係機関との実務協議の内容や相手国情勢などによっては、新規採択研究課題の取り消しも含め内容が変更となるなどの可能性もあるため、現時点では「条件付き」での採択としています。


地球規模で拡大するAMRの対策は人類が取り組むべき最重要課題

抗生物質が効かない「薬剤耐性菌(AMR)」の問題は1940年代、ペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミングによって早くも指摘されていました。2013年には全世界で約70万人がAMR感染症で亡くなり、2050年にはがん死亡者数を上回る約1,000万人が命を落とすといわれています。

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私は2014年から日本・ミャンマー両国政府の要請を受け、度々ミャンマーを訪れていますが、同国の医療保健分野の遅れ、とくに病院の検査機器が非常に古く、検査数が圧倒的に少ないことに大変驚きました。同じ東南アジア地域で比較しても、1990年代はじめのベトナムと同レベルだったのです。

そこで2015年~2017年に、ミャンマー国立衛生研究所(National Health Laboratory、以下「NHL」)と共同でAMR分子疫学研究を実施。その結果、ミャンマーはAMRにおいて地政学的にも非常に重要な位置にあることがわかりました。まず、国境線の約3分の2がインド・中国に接しており、両国由来のAMRが多く見られること。その一方でヨーロッパや東アジアで報告されているAMRも含まれており、近い将来、AMRがミャンマーにとって極めて深刻な問題になることが予見できました。さらに調査を進めると、ミャンマーがアジアのAMR動態を知るうえで非常に重要な国であると確信したのです。

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ミャンマー国立衛生研究所(NHL

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ミャンマーのAMR動態

 

基幹病院を結ぶネットワークを構築。AMRからミャンマーの人々を守れ!

2019年7月、順天堂大学はNHLと基本合意書を締結。NHL16の基幹病院と共同で、AMR感染症を注意深く監視する「AMRサーベイランスネットワーク構築計画」を策定しました。

具体的にはミャンマーの主要3行政区の16病院と連携し、AMRを検出するための手順を開発・評価します。16病院で検出されたAMRの情報は、NHL内にあるAMRセンターで共有・発信。菌株バンクの構築やデータ解析などを並行して行うことで、精度の高いAMRナショナルデータを作成。この流れを回し続けることで、ミャンマーのAMRサーベイランスネットワークを確立していく計画です。将来的にはAMRセンターを世界水準のAMR分子疫学解析の研究拠点に引き上げ、アジア地域で流行するAMRの伝搬様式の解明を目指します。

さらに、AMRに関連する環境問題を調査して対策を立案する「AMR One Healthアプローチ」も行います。私自身がミャンマーの病院を視察した際、医療廃棄物が病院周辺の排水溝に無造作に捨てられている光景をよく目にしました。これではAMRが病院周辺へ流出し、土壌や水質を汚染する可能性が高くなります。近くでは患者さんに付き添うご家族がござを敷いて食事をされていることもあり、人々の健康問題も心配です。このようにAMR対策は研究所や病院の中だけでなく、環境省や農林水産省など、多くの機関との連携が必要です。

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AMRサーベイランスネットワーク

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病院内の排水路の様子

 

順天堂大学の総合力が評価され、私立大学初の感染症分野SATREPS採択へ

2020年6月、私たちのプロジェクトは「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」に条件付きで採択されました。SATREPSは国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、そして独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で実施する、開発途上国の研究支援のための長期研究プログラムです。2008年以降、SATREPSには世界52か国157のプロジェクト(20206月時点)が採択されてきましたが、感染症分野SATREPSで私立大学が採択されたのは今回の順天堂大学が初めてです。

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順天堂大学の本郷・お茶の水キャンパスにある研究棟(A棟)は、臨床分野と基礎分野の研究者がごく自然に交流し、ともに研究を行うコンセプトでつくられた最先端の施設。設計の意図どおり、私たちも総合診療科学、消化器内科学、臨床検査医学、総合診療科研究室、マイクロバイオーム研究講座など各分野の先生方とスムーズに連携し、研究を進めることができています。この環境を活かすとともに、AMRの分野で先進的な技術を持つ日本企業や研究機関とも連携し、SATREPSプロジェクトを進めていく予定です。

 

現地の人材を組織的に育成。ミャンマーに細菌学の基礎をつくる!

本プロジェクトは5年計画で研究活動を進めていく予定ですが、私は当初の12年が非常に重要だと考えています。現地のAMRセンターや病院とともに正確な検査を行うことはもちろん、質のいいデータを収集し、ミャンマーで何が起きているのかを調べ、国家レベルで役立つデータを提供する。そのために、現地検査機関や病院とは徹底的にディスカッションを続けるつもりです。

こうした途上国支援プロジェクトでよく耳にするのが、「現地に機械だけ渡して人材を育成しなかったため、プロジェクト終了後に誰も機械を使いこなせず、高価な機械がほこりをかぶった状態になる」というお話です。確かに途上国にとって、日本製の高性能の機械は魅力的です。しかし、私たちはミャンマーに細菌学の基礎をつくり、日本の病院検査室レベルの精度で検査ができる状態まで持っていきたい。そのためにも、現地の人材育成がなにより重要です。

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プロジェクトのロードマップ(予定)

 

優秀なミャンマー人学生を日本へ招聘。将来は教育研究のリーダーに!

現地の人材育成では、順天堂大学の修士・博士課程を目指せる人材を数名選抜し、日本へ留学してもらう予定です。順天堂大学では、私の研究室はもちろん、臨床病態検査医学、総合診療科学や臨床の各分野などで受け入れることができます。私の研究室に留学した学生には、本プロジェクトのコアメンバーになってもらい、現地での菌の収集や菌株バンクの運営などに携わっていただきたい。この中から将来ミャンマーの教育研究のリーダーになる人材が育ってくれれば...と考えています。また、日本の学生が彼らと接することで生まれるメリットは計り知れません。順天堂大学でAMRを研究する日本人学生をミャンマーへ連れて行き、将来どんな社会貢献ができるのかを考えてもらうプロジェクトも計画しています。

さらにNHLと順天堂大学で基礎技術を互いに確認し、教育研修プログラムを策定します。そしてミャンマーの16病院から優秀な若手臨床検査技師を200NHLに集め、5日間程度の研修を行い、検査機器の基礎技術を学んでいただきたいと考えています。実はヤンゴン第一医科大学のゾー・エー・ゾー学長は、若い頃東北大学に留学されたご経験があります。彼の紹介でアウン・サン・スー・チー国家最高顧問とも面談がかない、「感謝と今後の共同研究の発展を期待しています」というお言葉もいただきました。ミャンマーには他にも日本の人道支援や学術支援を受けて来日された方が多く、みな日本で学んだことを誇りに思っておられます。親日的で多くの日本企業が進出できるミャンマーの土壌をつくったのは、軍政下の鎖国時代も絶えることなく、人と人との交流を続けてきたからでしょう。

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アウン・サン・スー・チー国家最高顧問との面談

 

順天堂大学が専任スタッフを現地に配置。東南アジアトップクラスのAMR研究拠点を築く!

今後、私は年間100日程度ミャンマーへ出張し、現地でプロジェクトの指揮を執る予定です。また、当講座の大城聡助教はミャンマーに長期滞在し、研究開発事業を推進します。201910月からは臨床検査技師を現地コーディネーターとして順天堂大学が採用。現在、培地の作成や病院への配布・回収などの手順を作成してもらっており、日々日本へも報告が届いています。

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ちなみに、NHL側の研究代表者であるテイ・テイ・ティン教授は保健スポーツ省局次長であり、今やミャンマーの新型コロナウィルス対策専門家の"顔"ともいえる存在。ティン教授の要請を受けて、大城助教はミャンマーでもっとも早く新型コロナウィルスの検査・診断体制の確立に尽力しました。早い時期に国境封鎖したこともあり、現時点でミャンマーの新型コロナ感染者数は少なく抑えられています。

開発途上国支援プロジェクトは、活動期間が終わったからといって、それで終わりではありません。プロジェクト終了後も順天堂大学は何ができるのか? その点が厳しく問われています。私たちはミャンマーに東南アジアトップクラスのAMR研究拠点を構築し、人と環境を包含したOne Healthアプローチをやり抜く覚悟です。そして、ミャンマーのAMR感染拡大を阻止し、医療安全を守ることで、日本も含めたアジア全体の健康安全に寄与できるものと信じています。

 

順天堂大学大学院医学研究科微生物学 教授
切替 照雄(きりかえ・てるお)
1882年 岩手医科大学医学部卒業
1986年 岩手医科大学医学部大学院(病理系,細菌学)修了  
1987年 日本学術振興会特別研究員(岩手医科大学細菌学教室)
1989年 アレキサンダー・フォン・フンボルト財団奨学研究員 ボルステル研究所(ドイツ)
1991年 カンザス大学医学部 博士研究員(アメリカ)
1992年 自治医科大学微生物学教室助手、講師
1999年 国立国際医療研究センター 感染・熱帯病研究部部長
2004年 同研究所 感染症制御研究部長
2017年 順天堂大学大学院医学研究科微生物学教授 順天堂大学医学部微生物学講座教授(併任)

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