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2021.11.30

"動けるワタシ"を好きになる!やせた若い女性の健康リスク解消を目指したエクササイズプログラムが完成

女性は、ライフサイクルの中でさまざまな健康上の問題に直面します。その一つに挙げられているのが、若い世代の「やせ」。本学大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジー先任准教授で医師の田村好史先生の研究では、若いやせた女性は糖尿病リスクが高いことが明らかになり、"やせていること"によってもたらされる健康リスクが危惧されています。この医学的課題にスポーツ健康科学の領域からアプローチしようと、スポーツ健康科学部の教員である室伏由佳准教授と門屋悠香助教が、自宅で気軽に取り組むことができるエクササイズプログラムを提案しました。

「食べずにやせたい」にひそむ心身の健康リスク

最近、フェムテック(女性の健康の課題をテクノロジーで解決する製品・サービス)やリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)といった言葉が話題になり、女性の健康課題に対する社会的な関心が高まっています。女性の健康課題は年代によって変化しますが、若い世代で問題視されているのが「やせ」による健康リスクです。
日本は、肥満度を表す指標・BMIが18.5未満の「やせ」の女性の比率が、先進国の中で最も高く、特に20歳代の女性の「やせ」比率は20%を超えています。その背景にあると考えられているのが、「やせて見せたい」という願望です。

最近は、マスメディアだけでなく、SNSを通じて、これまで以上に多くの人が体型やダイエットに関する情報を発信するようになりました。その結果、多様な情報の中から自分の“理想の体型”を探せるようになったことが、若い女性のやせ願望に拍車をかけているとも言われています。
今年、本学大学院医学研究科の田村好史先生の研究グループは、やせた若い女性(BMI18.5未満)は標準体重の女性に比べて、糖尿病の発症リスクが高いという研究結果を発表しました。「やせるために食べる量を減らす」「筋肉がついて太く見えるから運動はしない」。そんな考えを持った若い女性の生活スタイルが、食後に血糖値が急上昇して下がりきらない「耐糖能異常」を引き起こす可能性があることが分かったのです。さらに、多くの国際研究において、“やせ願望”は自分の体に対するネガティブなイメージを強めることのみならず、自尊心の低下や、うつ病、更には摂食障害のリスク上昇を招く可能性があることも指摘されています。
田村先生の研究をきっかけに、若い女性の「やせ」による健康リスクに着目したのが、自らもトップアスリートであり、女性アスリートの健康に関心を寄せてきた室伏先生と、アスレティックトレーナーとしてアスリートの身体に向き合っている門屋先生です。これまでアスリートを対象にした研究・実践に携わってきた2人ですが、今回は初めて「あまり運動をしない“やせ女性”」をメインターゲットにしたエクササイズプログラムの提案に取り組みました。

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“動けている自分“を感じることで、身体も心も元気に!

やせ女性の糖尿病リスクに影響を及ぼすと考えられているのが、筋肉の「量」と「質」です。門屋先生は「プログラムが目指すのは、まず筋肉の量をつけること。そして、筋肉の質を上げる、つまり筋肉についた脂肪の量を減らすことです。そのために、サーキットトレーニングのようにいろいろな動きを組み合わせ、トータルで有酸素運動に近い運動ができる構成にしました」と話します。さらに、アスリートのトレーニングで使われるメソッドを取り入れ、骨盤・体幹の安定性を高めることをベースとしながら、肩や股関節の関節可動域を広げて可動性を高めるアプローチをしています。そのメリットとして、筋肉をより効率的に動かすことができるようになり、同じ運動でも得られる効果がより高まることが期待できます。
「やせ願望のある女性の中には、トレーニングをして筋肉量が増えると体重が増え、身体が太く見える、と思い込んでいる方もいますが、目的に応じた方法で運動やトレーニングをすれば、そうした心配はありません」と室伏先生。今回提案するプログラムのエクササイズは、体幹や下肢の大きな筋肉をバランスよく鍛えることを狙いとし、効率よく筋肉量を増やしていくことができます。
さらに、運動の効果が表れるのは、身体だけではないことも分かっています。
「近年の国際研究では、運動をすることそのものの効果として、実際の体脂肪量に変化がなくても自分の身体に対する不満が減り、プラスのイメージが高まるという報告もあります。運動をすること自体が、自分の身体にポジティブなイメージをもたらす効果があり、結果的に心身の健康リスクを減らせるんです」と室伏先生。門屋先生も「“動けている自分”を感じることが、一つの成功体験になるのではないでしょうか」とうなずきます。運動は、身体だけでなく心を元気にする力も秘めているのです。

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室伏由佳先生

ポイントは「チョイス」と「チェック」

プログラムを検討する上で、室伏先生と門屋先生が特に意識したのは「いかに日常生活の中で続けてもらえるものにするか」。運動習慣がない人でも取り組みやすくするため、スキマ時間にできるエクササイズを複数用意し、自分で選んで組み合わせるスタイルを採用しました。また、やさしい動きから始めて、達成感や楽しさを味わえるのもポイントです。
「たとえば定食の“小鉢”を選ぶみたいに、自分でチョイスできる楽しさがあるといいなと思ったんです。こちらから組み合わせ方を紹介してはいますが、慣れてきたら、体調や気分によって自分で選べるようになると思います。毎日やる必要もないし、今日はたくさん歩いたから休もうかな、という日があってもOKです。1週間、1カ月単位で考えて、運動する時間を増やしていってください」(門屋先生)

自分の身体の変化を感じられるようにエクササイズを続けながら定期的なチェックを勧めています

また、体の動かしやすさや、やりづらい動作をチェックするアプローチを取り入れたのも、2人のこだわりポイント。身体の機能性(しゃがみこんだり、腕を上げ下げするような基本的な動作)がスムーズに行えるかなどを定期的にチェックすることで、自分の身体の状態に見合ったエクササイズや運動強度、時間を設定することができます。ただ、身体の機能性チェックはあくまでも自分の身体の動きそのものを正しく知ることが目的で、試験のように「できないと不合格」というものではありません。「チェックするたびに、前の自分と比べてスムーズな動作ができるようになったり、機能性が向上したかどうかを捉えることができますよね。そうやって自分の身体の状態を知ることによって、主体的に運動を続けていけるようになります。身体の機能性チェックでは、示された形通りに“うまくやらないといけない”と思わないことが大事。スムーズではなかったり、やりづらいと感じたりする動きがあったら、これから改善するための課題を発見できてよかったな、と捉えてください。提案するエクササイズを実践することで改善され、スムーズに動けるようになれば、運動効率の向上も期待できると思います」(室伏先生)

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門屋悠香先生

「私の体っていいな」と思うことから始めよう

人生100年時代を迎えた今、運動習慣は、病気のリスクを減らし、健康な心身を保ち続けるために欠かせない要素です。室伏先生と門屋先生は、このプログラムを運動習慣の最初のステップにするだけでなく、生涯にわたって使える財産にしてほしいと考えています。
「30年後の糖尿病を防ぐことだけを目標にしても、きっと続かないですよね(笑)。ですから、運動しながら『あ、私って案外動けるんだ』という喜びや楽しさを感じられて、『じゃあ次はこれもできるかな』とステップアップしてもらうことを目指してプログラムをつくりました。プログラムを続けて体力がついてくると、きっとこのメニューでは物足りなくなるはず。その時は、ぜひもっと負荷の高いスポーツに取り組んでください。運動は未来への投資。まずはできる動きを増やして、運動を日常の習慣にしてください」(門屋先生)
室伏先生は「これはスムーズにできる、という動きが増えることで、自分に自信を持てたり有能感を感じることができ、自分の身体への印象も変わりますよね」と、心理的側面へのポジティブな効果にも期待を寄せます。「短い時間でも一生懸命取り組むと、さわやかな気持ちになりますし、『動けている自分のカラダっていいな』と自然に思えてくるもの。すぐに見た目に変化がなくても、その気持ちや感覚は自分を元気づけ、エネルギーを与えてくれます。学生時代、体育やスポーツが苦手だったという人も、自分のペースで、そして何より自分のためにぜひ楽しんで取り組んでほしいですね」(室伏先生)

Profile

室伏 由佳 MUROFUSHI Yuka
順天堂大学スポーツ健康科学部 准教授

2004年アテネオリンピック陸上競技女子ハンマー投日本代表。女子ハンマー投の日本記録保持者(2021年7月現在)、女子円盤投の元日本記録保持者。2012年に競技を引退。
2019年順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ健康科学)。2019年より順天堂大学スポーツ健康科学部講師。教育・研究分野はアンチ・ドーピング(スポーツ医学)、スポーツ心理学など。マットピラティス指導者資格を有している。


門屋 悠香 KADOYA Haruka
順天堂大学スポーツ健康科学部 助教

2011年順天堂大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。2016年より順天堂大学スポーツ健康科学部助教。アスレティックトレーニング学を研究分野とし、スポーツ外傷・障害の予防、アスレティックリハビリテーションなどに取り組む。日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー。

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