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2024.04.26

臨床研修医教育を評価する仕組みをつくり、医療全体の質向上につなげる

04.質の高い教育をみんなに

医学部を卒業したばかりの臨床研修医は、2004年度に導入された新医師臨床研修制度により2年間さまざまな診療科を巡って医療の基礎を身につけることが義務づけられています。以前は臨床医教育の成果を客観的に評価する仕組みがありませんでした。そんな中、臨床研修医の臨床能力を客観的に評価するための「基本的臨床能力評価試験」の開発・普及に尽力してきたのが、医学部医学教育研究室先任准教授の西﨑祐史先生です。研修医教育を専門とする西﨑先生に、試験開発の背景や医学教育への熱意、AIインキュベーションファームで行う新規研究などについて伺いました。

卒後2年間の臨床研修医教育をどう評価するか

――先生の主な研究分野を教えてください。

私が長年にわたって主に取り組んできたのは医学教育です。中でも特に卒後の臨床研修医を対象としてきました。
日本では、医学部を6年間で卒業して医師免許を取得した後の2年間、さまざまな診療科を回って臨床研修を行うことになっています。スーパーローテーションと呼ばれるこのシステムは、内科・外科・小児科・産婦人科・精神科・救急・地域医療という必修科目と選択科目を回り、基本的な臨床能力を養うことを目的として、2004年に義務化されました。
医学部は試験が多い学部で、入学試験はもちろん、学部4年生のときには医学知識の理解度を評価するCBT(Computer-Based Testing)や、臨床実習に参加する前の基本的臨床能力を評価するOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)が行われます。6年生のときにも卒業試験、臨床実習終了時にもOSCEがあります。また、その後、医師国家試験もあります。
これほど試験が多い医学部でありながら、卒後臨床研修修了時には、身についた臨床能力を客観的に評価する仕組みがありませんでした。

西﨑 祐史先任准教授

――それは少し不安ですね。

スーパーローテーションが義務化される以前の臨床研修制度は、1つの診療科で研修を受けるストレート方式が中心でしたから、研修医もじっくり学べました。しかし、時代と共に医療のあり方も変化し、「病ではなく人を診る」ことが重視されるようになったこともあり、総合的な診療スキルを身につけるための研修医教育プログラムとしてスーパーローテーションが導入されたのです。
しかし、制度は義務化されたものの、プログラム内容は各医療機関や指導医に委ねられるところが大きく、研修医のスキルとプログラム内容そのものを評価する仕組みがありませんでした。
そこで、15年ほど前から基本的臨床能力評価試験(General Medicine In-Training Examination:GM-ITE®︎)の開発と実施・普及のための活動をしてきました。活動母体である日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)は、日本の医療教育の質をチェックする第三者機関として設立された特定非営利活動法人(NPO)で、私もJAMEPの一員としてさまざまな活動を行っています。

研修医の評価に加えて、施設ごとの成績を指導責任者へフィードバック

――基本的臨床能力評価試験とはどのような試験なのですか。

基本的臨床能力評価試験は、コンピュータによるCBT(Computer-Based Testing)方式で、選択問題80問(単純択一形式)を120分で解いて、研修医の基本的臨床能力の達成度を評価する試験です。2012年のスタート当初は200人程度だった受験者は、2023年度には696施設、9000人以上まで広がりました。この受験者数は研修医1年目、2年目を合計した数なので、全研修医の約半数が受験していることになります。
試験結果は各研修医の臨床能力の客観評価となるだけでなく、医療機関ごとにもフィードバックされます。そういった評価を次年度の研修指導計画の立案や改善に役立てて、研修医教育を可視化し、教育の質を均てん化することを目標としています。

――基本的臨床能力評価試験(GM-ITE®︎)開発に関わるのみならず、研修医教育の質向上に向けた研究も行っているそうですね。

はい、GM-ITE®の結果と、試験後に実施させていただいている、臨床研修環境に関するアンケートの結果を活用し、研修医教育の見える化を進めさせていただいております。
過去に行ったGM-ITE®受験者データの解析の結果、研修医の基本的臨床能力を開発するという視点からは、研修医の至適労働時間は週平均60-65時間である可能性が示されました。また、新型コロナウィルス感染症診療に関しては、2021年2月に実施した研修環境調査アンケートの結果から、47%(2,807名)の研修医が新型コロナウィルス感染症診療を経験していないことが分かりました。さらに、過剰な新型コロナウィルス感染症診療経験は研修医のバーンアウト*¹につながること、個人防護具(Personal Protective Equipment; PPE)の十分な支給が、研修医のバーンアウト罹患割合を下げることが示されました。

*1バーンアウト・・それまで仕事熱心だった人が、火が燃え尽きるかのように急に労働意欲をなくし、無気力な状態になること

 

参考論文

臨床研修医の労働時間と 基本的臨床能力との関連性に関する検討

日本の研修医における新型コロナウイルス感染症診療とバーンアウトの関係

 

このようなアンケート調査や試験結果を通じて、より良い研修環境、指導プログラム、働き方などを全国に共有します。全国どこの施設で研修を受けても、同じ成果が出るようなシステムを構築することを目指しています。それが私にとってのライフワークだと思っています。

オンライン診療など最新テクノロジーを積極的に活用

――医学教育以外に取り組んでいる研究テーマはありますか。

「高血圧外来におけるオンライン診療の有用性」をテーマに研究しています。
生活習慣病の1つである高血圧の治療では、外来診療での生活習慣指導と降圧薬による薬物療法が行われます。しかし、通院にともなう患者さんと患者さんご家族の精神的・身体的負担が大きく、仕事が忙しい若い世代は治療を継続できないといった課題があります。
そのような課題に対して、新型コロナウイルス感染症パンデミックを機に普及しつつあるオンライン診療はとても有効なはずです。専用アプリを用いたオンライン診療では、待ち時間がなく、予約時間になったら画面越しに直接医師と対話することができます。その上で薬の処方箋は自宅に郵送されますし、診療費はオンライン決済が可能です。

――高血圧のような慢性疾患の患者さんにはとても便利な仕組みですね。

ただ、その有用性については十分な検証がされていませんでした。また、高血圧のオンライン診療の保険診療では、3カ月に1回の対面診療が要件となっていた(2022年3月まで)ことが、オンライン診療普及を妨げる要因の一つになっていると考えられます。
そこで私たちは、オンライン診療アプリを開発している株式会社メドレーと共同で、8施設によるクラスターランダム化比較試験を実施し、その有用性を明らかにするとともに、適切な対面における受診頻度についても検証しました。
試験では、従来通り3カ月ごとの対面診療を行う対照群(33人)と3カ月ごとの対面診療を行わない介入群(31人)に分けて、「6カ月間の収縮期血圧の変化量」を主要評価項目としました。さらに「6カ月後の治療継続率」「副作用/安全性評価」「患者満足度」「医療コスト」という副次評価項目を加えました。

――結果はどうだったのでしょうか。

主要評価項目については、予想通り、オンライン診療群と対面診療群とで有意差はなく、安全性に問題がないことがわかりました。また、治療継続率もオンライン診療群が100%、対面診療群が97%と統計的な差はありませんでした。
着目したいのは「患者満足度」です。中でも、「診察時間」「医師との対話」「全体としてこの病院への満足度」という3項目においてオンライン診療群の有意な上昇を認めました。医師との対話においてオンライン診療のほうが高スコアだったことは私たちも意外でしたが、多くの患者さんが待っている診察室よりも、周囲を気にせず話せるオンラインのほうが医師とじっくりと話せる空間が確保できているのかもしれません。

医療経済については、患者さんやご家族の移動のコスト、外来診療に行くことで失われた就労の機会から換算した間接医療費が大きく、経済性の面でもオンライン診療の有効性がかなり高いことが明らかになりました。

 

参考論文
・高血圧患者に対するオンライン診療の最適な対面診察間隔の決定:クラスターランダム化比較試験

人とのつながりを大切にすることで研究が発展

――産学官連携をする上で重視していることはありますか。

私は、これまでに厚生労働省、日本医療研究開発機構(AMED)に出向して、医学界の外からも医療や医学教育に関わってきました。その中で学ぶこともたくさんありましたし、現在行っているさまざまな共同研究の中には、その頃の出会いがきっかけになっているものもあります。
人とのつながりを大切にしてきたことが、AIなどのテクノロジーを活用した効率化や標準化をはじめとした、現在行っている研究につながっています。

――これから取り組みたい研究分野はありますか。

 最近も、人との出会いをきっかけに、新たな研究テーマが創出されたところです。
BonBon株式会社CEOの荘子万能氏は、自然とやる気と達成感を引き出すゲームの可能性に着目して、認知機能や脳機能障害などの治療につながるゲームを開発し、将来的には「ゲームを処方したい」という希望を持つ大変なアイデアマンです。そんなユニークな会社と共同で、AI技術を駆使した医療教育用BOT(自動化プログラム)を開発できないかと考えています。

――研究を通じて、どのような医学教育を実現したいと考えていますか。

今の医学教育における一番の課題は指導者によるばらつきが大きいことです。臨床医療や手術のやり方もそうですが、医学教育は人によって考え方や教え方が大きく異なり、「自分が教えられたときと同じように教える」という風潮が未だ残っていると思います。そこにはエビデンスに基づいた客観性が不足しており、「誰に教わるか」という運次第で学べるものが変わってしまいます。そのような風潮から脱して、どこでも一定レベル以上の教育が受けられるようにしたいと思います。
そのためにAIを含む最先端のテクノロジーを積極的に活用したいと考えています。いかに素晴らしい指導医がいても、一人で育てられる研修医の数には限界があります。指導エッセンスを抽出して教えるBOTが開発されれば、同時に多くの研修医を教育することができます。それを外国語に翻訳すれば海外展開も可能になるなど、医学教育にはまだまだ発展の余地があると期待しています。

Profile

西﨑 祐史 NISHIZAKI Yuji
順天堂大学医学部医学教育研究室 先任准教授

2004年日本医科大学医学部卒業。2010年東京大学公衆衛生学大学院(SPH)で公衆衛生学修士(MPH)を取得。聖路加国際病院内科チーフレジデント、順天堂大学循環器内科を経て、厚生労働省、日本医療研究開発機構(AMED)に出向。2017年から順天堂大学革新的医療技術開発研究センターにて臨床研究支援業務に従事。2020年より現職。AMED腎疾患実用化研究事業プログラムオフィサー、日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)基本的臨床能力評価試験(GM-ITE®︎)プロジェクトマネージャーも務める。

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