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2024.04.18
パーキンソン病克服のため、研究、産官学民連携、臨床、すべてに全力を尽くす
日本に約20万人の患者がいると推定されているパーキンソン病。高齢になるほど有病率が高くなる神経変性疾患であるパーキンソン病の研究において、世界的権威として知られているのが順天堂大学大学院医学研究科神経学主任教授の服部信孝先生です。これまでに遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子を3個同定し、診断法や治療法の開発でも数々の成果をあげています。一方で、臨床医として治療にあたっている服部先生のもとには、日本全国から患者さんがやってきます。未だ有効な治療法が確立されていないパーキンソン病の克服を目指し、現在はAIインキュベーションファームセンター長も務める服部先生に、研究と臨床への思いを聞きました。
パーキンソン病研究で多数の“世界初”を達成
――服部先生はパーキンソン病に関してたくさんの研究業績をあげています。振り返って、最初の転換点となったのはどの研究でしょうか。
やはり、1998年に若年性パーキンソン病の原因遺伝子であるParkinの単離*¹に成功したことでしょう。大学院時代は本当に鳴かず飛ばずで、名古屋大学での国内留学を経て順天堂大学に戻ってから論文を発表することができたものの、次の論文を発表するまで5年もかかっています。それがParkin単離についての論文でした。
*¹単離・・様々なものが混合している状態にあるものから、その中の特定の要素のみを取り出すこと。
その後、2015年にCHCHD2、2020年にPSAP/Prosaposinを同定し、単離することに成功しました。パーキンソン病の原因遺伝子は、これまでに25種類発見されていますが、そのうち3個を私たちのグループによって発見したことになります。
――新たな発見をするときに意識してきたことはありますか。
最初の発見のときもそうでしたが、研究を始める段階でコラボレーション相手を探して、自分からどんどん声を掛けることですね。気になる論文があれば、直接コンタクトをとって、その技術を教えてくださいとお願いします。アメリカのチームが新しい遺伝子を発見したときには、自分たちが持っているサンプルを解析するときにポジティブコントロールとして譲渡のリクエストをして、その研究グループと共同研究をさせてもらいました。このように世界中の研究グループと共同研究を進めてきて、私自身もいろんな国の研究に参加し共同研究を推進してきました。私自身、留学経験がないのですが、海外の友人を沢山持つことが出来ました。こういうことは日本人研究者としては珍しいかもしれません。
――原因遺伝子がわかることで、今後どのような発展が期待できますか。
家族性の遺伝子変異により発症する遺伝性パーキンソン病は全体の10%にすぎず、90%は原因不明の孤発性*²ですから、なんとしても孤発性の原因を明らかにしなければいけません。
*²孤発性・・病気が散発的に起こること。 家族には遺伝しないということ。
孤発性と遺伝性家族性パーキンソン病には必ず何らかの共通点があるはずだと考えて取り組んできました。そうしたところ、私たちが2015年に発見したCHCHD2が、家族性パーキンソン病の原因遺伝子であり、孤発性パーキンソン病のリスク遺伝子であることがわかってきました。まずはここを足がかりとして、孤発性パーキンソン病の治療につながるよう、研究を発展させていくつもりです。
少量の血液から認知症を判別する方法を開発
――最新の研究成果としてはどのようなものがありますか。
最新の研究では、パーキンソン病や認知症の原因タンパク質を患者血液から検出することに成功しています。この技術を活かして患者さんの身体的負担の少ない血液検査が実現すれば、早期での認知症診断が可能になるかもしれません。
この研究は、パーキンソン病をはじめとした神経変性疾患の中でも、シヌクレイノパチーと呼ばれる疾患群に関するものです。シヌクレイノパチーには、パーキンソン病、レヴィ小体型認知症、多系統萎縮症が含まれます。ふるえや動きが鈍くなるなどのパーキンソン症状、認知症、自律神経機能障害などの多彩な症状があらわれる進行性の難病群で、脳や全身にα-シヌクレインというタンパク質の凝集体が病的にあらわれて神経細胞死により発症することがわかっています。
――具体的にはどのような研究なのでしょうか。
私たちは、まず「全身への病気の広がりに血液を介した経路が関与している可能性がある」という仮説を立てました。その上で、患者さんの血液(血清)から、α-シヌクレインを凝集させる“種”となる、病的な構造をもつ凝集体「α-シヌクレインシード」を検出することに成功しました。
さらに、血清に存在するα-シヌクレインシードはシヌクレイノパチーに属する疾患によって構造や性質が異なっていることを世界で初めて発見しました。それにより疾患を鑑別できる可能性があります。これらの研究成果は、さらなる病態解明や治療法などに役立つものと期待しています。
臨床の課題を解決するための活発な産学連携
――服部先生はAIインキュベーションファームのセンター長として、数多くの産官学民連携を推進していますね。
これまでに共同研究講座や寄付講座を13講座開設しました。そのうちの1つは創薬につながる大型プロジェクトです。産学連携では、製薬会社をはじめ、銀行、高齢者介護施設、IT企業などと共同研究を進めています。
――産学連携から生まれた研究成果にはどのようなものがありますか。
コロナ前の2017年、日本IBMと共同でタブレット端末を用いた遠隔診療システムを開発しました。パーキンソン病は手足のふるえや筋肉のこわばりなどの運動症状があらわれる疾患で、通院も大変です。そもそも私の外来には北海道から沖縄まで日本全国から治療を受けに来る患者さんがいるので、そういった患者さんの負担を少しでも軽くするという目的で開発しました。
また、日本IBMとは、「メディカル・メタバース共同研究講座」を開設し、メタバース技術を活用した医療サービスの研究開発を始めました。この共同研究講座では、メタバース空間に順天堂医院を模した「順天堂バーチャルホスピタル」を構築し、誰でも、いつでも、どこからでも、時間と空間を越えて病院を訪問できる環境をつくります。この空間では、アバターを通じて、医療従事者や患者さん、その家族などが交流できるようにして、少しでも不安を軽減したいと考えています。
――銀行との共同研究とはどういうものですか。
三菱UFJ信託銀行のほか、キリンホールディングス、三菱UFJリース、グローリー、日本生命保険と設立した「神経変性・認知症疾患共同研究講座」です。この共同研究は、生活スタイルや食事の嗜好性などのデータ収集などを通じて、神経変性疾患や認知症の予防・早期発見・悪化防止・生活レベル維持などにつながることを目指した取り組みです。例えば、キリンホールディングスはビールの苦味成分などによる認知機能改善効果を研究し、三菱UFJ信託銀行は認知機能の変化に応じた商品のあり方を検討しています。
また、ここで得られたさまざまなデータは、IBMのAI(人工知能)のデータ解析技術を活用して、より高度な診療システムの開発に繋がります。
「すべては患者さんのために」が合い言葉
――今回紹介したのは服部先生の研究成果のごく一部にすぎません。これほどたくさんの研究成果をあげられる原動力はなんでしょうか。
やはり、パーキンソン病を治したいという気持ちが原動力です。パーキンソン病は脳のドーパミンという神経伝達物質を分泌する神経細胞が減少する病気なので、ドーパミンを補充したり、脳に電気信号を与える治療によって、最初の数年は進行を抑えることができますが、それ以降は効果が低下し、症状が進行してしまいます。そのため現在は、長期間にわたって作用して、進行を抑える薬の開発に取り組んでいます。
並行して血液検査のような早期診断の技術も開発していますが、早期診断できたとしても、根本的な治療法がない今の状態では、早く診断されても精神的につらい思いをするだけです。診断をつける以上は、どんな形であれ治療できるようにしなければいけないと思っています。
――研究者として大切にしていることがあれば教えてください。
治療につながること、世の中に還元することが研究の目的ですから、その目的に少しでも早く近づくために一流ジャーナルに論文を発表することを重視しています。順天堂大学のブランディング力を高めることもそのためで、本学の研究成果が世界的評価につながることを示すことはとても大切です。これらの点は私の中でもプライオリティが高く、率先してやっていることの1つです。
――最終的に目指していることはなんですか。
パーキンソン病に限らず、あらゆる人に貢献するような大発見をもたらすことです。患者さんに還元できる研究成果を発表したいと思っております。
これまで多くのことをやってきたお陰で、最近では、海外の友人から「ミスター・ブレークスルー」と呼ばれているんです(笑)。以前は、遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子をいくつか見つけたことから「ミスター・ジーン(Gene:遺伝子)」と呼ばれていたので、そこからかなりフィールドが広がったのは喜ばしいことなのかもしれません。
しかし、どんなにブレークスルーを起こしても、世の中に還元できなければ意味がありません。趣味のための研究、論文のための研究で終わらせてはいけません。そういった思いを込めて、私たちは「すべては患者さんのために」を合い言葉に、臨床にも、研究にも、取り組んでいます。