MEDICAL
2023.12.18
妊婦の歯周病リスクを口臭で評価 ~家族で支える産前産後の母子環境~
妊娠中、さまざまな変化が起こる女性の体。その中でも、ケアが行き届きにくいのが口腔内(口の中)です。妊婦は歯肉炎や歯周病にかかりやすいといわれ、歯周病は、早産や低出生体重児の要因になるともいわれています。妊婦の口腔内環境に関する研究に取り組んでいる医療看護学部准教授の鈴木紀子先生に、妊娠中の口腔ケアの重要性、現在進めている口臭から歯周病のリスクを評価するための研究などについてお話を聞きました。
「口腔ケアが大事」。知っていても難しい妊娠初期
妊娠すると、つわり症状(嘔吐や吐き気など)で歯磨きなどがしにくくなることや、ホルモンの変化が原因で、歯周病にかかりやすくなるといわれています。また、早産や低出生体重児の母親には歯周病が多い、という研究結果もあり、歯周病が早産などの要因の一つであるとも考えられています。出産後、食事などの際に母親の歯周病菌が子どもにうつってしまう母子伝播のリスクもあることから、妊娠中からの歯周病予防や口腔ケアはとても重要だといえます。
実は私自身、妊娠初期のつわりの時期は、歯磨きが本当に苦しく、口腔ケアが大事だと知ってはいても、なかなかできなかったという経験をしています。助産師としても、妊娠中の口内環境については分からないことが多いと感じていたこともあり、日本口腔ケア学会の認定資格を取得し、妊婦さんの口腔ケアに関する研究をスタートさせました。
まず、妊娠初期の妊婦の口腔内環境の調査を行ったところ、調査対象となった妊婦さん全員が、歯周病の前段階である歯肉炎になっていることが分かりました。厚生労働省の「歯科疾患実態調査」によると、歯周病の割合は30代で3割程度ですから、“妊婦は一般の女性より歯周病になりやすい状態にある”ということがいえます。
さらに研究を進めると、妊娠中の女性は、一般の成人女性と比べて「P.i菌」という特定の歯周病菌が増えていることが分かりました。妊娠初期から歯肉炎になっていること、さらに、妊娠によって口腔内の歯周病菌が増えやすくなることが明らかになり、妊娠初期からの口腔ケアの重要性をあらためて示すことができたと考えています。
P.i菌の増加を口臭で客観的に把握
過去の研究成果を踏まえ、現在は、歯周病菌が発する臭いに着目して、妊娠初期の口臭とP.i菌の関連を明らかにし、口臭の測定値によってP.i菌の増加を客観的に把握する研究を進めています。
研究開始がコロナ禍に重なってしまったため、2022度までは、学生や事務職員など、一般の成人女性を対象に調査を行いました。その結果、唾液内の歯周病菌の数と、歯周病菌による口臭の値には、相関関係が見られました。2023年度からは、妊婦健診のために来院している妊娠初期の妊婦さんを対象に同様の調査を行い、データを集めているところです。
妊婦さんの口腔ケアについては、すでに多くの自治体が、妊娠中や出産後に無料で歯科検診を受けられる制度を設けています。しかし、妊娠中の歯科受診率は、決して高いとはいえません。私が所属する日本口腔ケア学会の調査では、妊婦さんの歯科受診率は約6割、ほかの調査では3割程度という結果もあります。つわりが治まった後も、歯茎の腫れなど痛みのない症状だけでは歯科の受診に至りにくいこと、仕事などで忙しい妊婦さんが多いことなどが、受診率の低さにつながっていると考えられます。
この研究によって、歯周病の目安になる口臭の数値を明らかにできれば、口臭を測定するだけで、目には見えにくい口腔内の状態を客観的に確認できるようになります。その結果、妊婦さん自らが歯周病のリスクを早めに把握し、「つわりが治まったら歯科を受診しよう」と行動変容を促すことができるのではないかと考えています。また、経時的なP.i菌の変化の観察によって、早産予防が可能になるのかの検証も目指しています。
助産師が歯科受診を促す根拠に
口臭は、息を吐くだけで測定できるため、つわりがある時期でも、吐き気を伴わずに楽に調べることができるというメリットがあります。また、体重や血圧と同じように簡単に測ることができ、歯科医院ではない場所、たとえば妊婦健診時や産科の外来でも、口臭測定の機械さえ置いておけば妊婦さん自身で測定することが可能です。
「口臭が気になる」という妊婦さんは多く、妊婦健診で助産師が口の中の困り事について相談を受けることもよくあります。これまでは、相談を受けても「つわりが治まったら歯医者さんに行ってくださいね」といった声掛けにとどまっていましたが、この研究によって、助産師が根拠を持って「歯周病になっている可能性が高いから、早めに歯医者さんを受診しましょう」と指導できるようになると期待しています。
歯周病予防をはじめとする口腔ケアは、妊婦さん自身はもちろん、パートナーやおじいちゃんおばあちゃんなど、子どもを迎えるご家族みなさんに心掛けていただきたいことでもあります。
子どもが虫歯になりやすいかどうかには、家族や家庭の環境が大きく影響します。親や家族が口腔環境をきれいに保つ意識を持つことで、子どももきちんと歯磨きをする習慣が身につき、虫歯の予防につながります。生まれてくる子どものお口の健康のために、ぜひ出産前にみなさんで歯科検診や治療を受け、新しい家族のスタートをきれいなお口で迎えていただきたいと思います。
プレパパ・プレママ研修で産後うつを予防
妊娠中の口腔ケアに関する研究のほかに、花王株式会社と研究協力し、産後うつ予防を図るプレパパ・プレママ研修にも取り組んでいます。この取り組みは、私が以前取り組んだ、育児休業を取得した父親に関する研究から派生したもので、産後のストレス軽減につながる内容を研修に取り入れている点に特徴があります。
産後のカップルによくあるのが、「言ってくれればやるのに」「大変なんだから察してよ」と、お互い求めているものが伝えられずにストレスを溜めてしまう、というトラブルです。ただ、現在自治体などで開かれているプレパパ・プレママ教室の多くは、妊娠中の生活や育児スキルの指導に重点が置かれ、そうした産後のストレス軽減に役立つような指導は、あまりなされていません。
私たちが行う研修では、産後の母親がパートナーに求めることや、「授乳で疲れている時に家事を誰がどうするのか」といったリアルな問題に目を向ける時間を設け、産後の役割調整の準備にも取り組んでいます。育児・介護休業法が改正(2021年6月)され、育休を取得する男性がさらに増えることが予想される中、妊娠中から産後の役割調整やコミュニケーションの準備をしておくことが、少しでも産後うつの予防につながればと考えています。
メタバースとシミュレーション教育による「見える化」
本学医療看護学部での教育に関する研究として、メタバースとシミュレーション教育との連携に関する研究にも力を入れています。
核家族化や少子高齢化が進んでいる今、「よその家」「よその家庭」を知らない若者が増え、看護学生も、患者さんが地域や自宅でどんな生活をしているのかをイメージしにくくなっています。そこで、メタバース空間に患者さんが暮らす住宅、病院、街をつくり、その中で必要なスキルのトレーニングができるようなシステムの構築をめざして、研究を進めています。
昨年は医療看護学部内で、私が担当する母性看護学に加え、基礎看護学、成人看護学の先生方と各領域の授業で用いられている事例を共有し、その事例をメタバース空間に入れ込むための検討を行いました。今後は、全領域の先生方と連携して、1年次からメタバースの中で事例を積み重ねていけるようなシステムを作ることを目指しています。それだけでなく、いずれは全国各地の看護学生や海外の学生、看護以外の医療職種の学生ともメタバース空間で繋がり、学び合うことができるのではないか、と期待を膨らませているところです。
これからも、研究を起点として、妊婦さんやご家族、看護学生をサポートする、広がりのある活動をしていきたいと考えています。
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