MEDICAL

2023.12.04

女性の健康と豊かな人生のため、生涯にわたる女性の健康に関する正しい知識を発信

03.すべての人に健康と福祉を

妊娠・出産をはじめ、月経、更年期など、女性の生涯にわたる健康(ウィメンズヘルス)のケアに、社会的な関心が高まってきています。母性看護学、ウィメンズヘルスを専門分野とし、研究活動のみならず、研究成果に基づいた啓発活動にも意欲的に取り組んでいる保健看護学部看護学科教授の西岡笑子先生に、現代の女性の健康問題、研究活動、教育や普及のための取り組みについてお話を伺いました。

仕事と不妊治療 両立に悩む女性たち

女性の活躍が社会のあらゆる場面に広がる中、近年、女性のさまざまな健康問題が注目を集めています。特に最近対策が求められているのが、働く女性の健康問題です。

働く女性の健康問題の中でも、悩みを抱える人が増えている課題の一つに、「不妊治療と仕事の両立」が挙げられます。日本ではこの20年ほどの間に不妊治療が普及し、2021年では、新生児の11.6人に1人が体外受精で産まれています(注1)。2022年には公的保険の適用も始まりましたが、身体的、心理的負担等、さまざまな負担がかかるものであることに変わりはありません。

 
不妊治療では、月経の周期に合わせて検査や治療があるため、通院の頻度が高く、特に体外受精の場合、時期によっては数日に1回検査をする必要があります。そのため、病院やクリニックの受診時間に合わせて早退や休暇を取るなど、勤務時間の調整が必要となってきます。
しかし、厚生労働省が実施した働きながら不妊治療を受けている女性へのアンケート調査の結果によりますと、半数以上が、職場には治療を受けていることを「伝えていない」「伝えるつもりはない」と回答(注2)しています。はっきり理由を言えないまま早退などを繰り返すことになり、「仕事にやる気がない」と周囲に誤解されてしまうこともあるようです。中には、「職場に迷惑をかける」と負い目を感じ、離職してしまう方もいます。一方、不妊治療のことを職場に伝えている方の中には、その情報が不必要な人にまで知られてしまうというプライバシーの問題*が生じています。

*不妊や不妊治療に関することは、プライバシーに属することです。本人から相談や報告があった場合でも、本人の意思に反して職場全体に知れ渡ってしまうことがないようプライバシーの保護に十分配慮することが必要です。

保健看護学部・西岡笑子 教授

不妊治療と仕事を両立するためには、勤務時間の調整や個人情報の保護に対して、上司や同僚の理解がとても重要です。また、企業が時間単位で休むことができる、いわゆる「時間休」を設けることも、両立にとって大きなサポートになります。時間休の制度があると、不妊治療に限らず、通院や子どもの行事などで「ちょっとだけ仕事を抜けたい」という時にも利用でき、誰にとっても働きやすい職場環境をつくることにつながるでしょう。

 

不妊治療と仕事の両立については、近年、国もサポートに力を入れています。厚生労働省は、職場の理解を深めるためのハンドブックをHPで公開し、両立を支援する企業向けの助成金も設けています。また、子育てサポート企業の認定制度「くるみん」「プラチナくるみん」に、新たに不妊治療と仕事の両立に関する基準を設け、その基準をクリアすると、「トライくるみん」の認定を受けられる制度も、2022年度からスタートしました。こうした制度を事業者が積極的に活用し、職場全体で不妊治療や女性の健康問題をサポートできる環境が作られるよう、私も研究や啓発活動に積極的に取り組んでいるところです。

若者世代に「プレコンセプションケア」を

不妊治療の件数が増加しているというお話をしましたが、不妊治療を正しく理解をしている方はあまり多くありません。その理由の一つに、ウィメンズヘルスや妊娠に関する教育の問題があると考えています。

 日本では長い間、性に関する健康教育は十分に行われてきたとはいえず、学校での性に関する教育は、「予期しない妊娠をしないように」という“避妊”に重きが置かれ、「性感染症に罹っていたり、年齢を重ねると妊娠しにくくなる」といった“不妊”に触れることはほとんどありませんでした。

 

そうしたことを踏まえて、さまざまな啓発活動に取り組んでいます。その一つが、「プレコンセプションケア」の推進活動です。

プレコンセプションケアとは、妊娠前からの健康管理が、次世代の健康状態および自身のその後の人生の健康状態を改善するという考え方に基づき、妊娠希望の有無にかかわらず、妊娠可能な年齢のすべての女性とそのパートナーを対象に適切な知識・情報を提供し、将来を見据えたヘルスケアを行うことをいいます。

 

世界でも日本の若い女性は「やせ」の比率が高く、やせていることによるさまざまな健康問題が指摘されています。間違った方法で過度なダイエットを行うと、月経不順や無月経を招き、将来不妊のリスクが高まります。しかし、そうした知識を教わっていない、または正しく理解していない女性の中には、「生理痛(正式名称は月経痛)がひどかったから、生理が来なくなってむしろラッキー」と思ってしまう人*もいるといいます。

*3か月以上無月経の場合は、一度産婦人科を受診することが望ましいです。無月経が7か月以上過ぎると重症化し、回復しにくいといわれています。

UNESCOが発行した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づいた世界標準の性の健康教育では、9-12歳の段階で、「月経中に快適に過ごせるようなアドバイスを具体的に示す」と書かれています。現代の女性は月経が35~40年間あります。現代の女性が一生涯に経験する月経の回数は、平均すると約450回になります。1回の月経の持続日数を平均5日として、生涯に6年半以上も月経とともに過ごさなくてはなりません。この6年半をいかに快適に過ごすか、といったことは、これまで日本の学校教育のカリキュラムの中では扱われてきませんでしたが、とても重要なテーマであると考えています。

 

現在、私が分担者として参加している厚生労働省科学研究費補助金荒田班の研究では、この「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の理念を取り入れた性の健康教育の教材作成を行っています。具体的には、対象を4つの年齢区分(レベル1:5~8歳、レベル2:9~12歳、レベル3:12~15歳、レベル4:15~18歳、レベル5:18歳以上)に分け、ガイダンスと日本の学習指導要領を参照し、日本の現状に合わせたテキストブックと動画による教材開発を行っています。現時点において、日本では教育機関での性教育環境が整っていないため、大学生や社会人女性が健康知識を得る機会は極めて重要だと考えています。そのため、ガイダンスはレベル1から4までの4段階からなりますが、日本独自のレベル5も作成しました。研究で作成したこれらの教材は、まるっと女性の健康教育プログラムホームページに掲載されています。

まるっとまなブック

また、国際教養学部の田村好史先生のご研究で、若いやせ女性は糖尿病のリスクが高いことが分かっていますが、糖尿病のような生活習慣病は、妊娠経過に悪影響を及ぼす可能性もあります。そうしたやせ・肥満のリスクのほか、過度なアルコールや喫煙の影響、さらに、必要なワクチンの接種、子宮頸がんや乳がん検診などもプレコンセプションケアの重要な項目です。プレコンセプションケアによって、より安全かつ安心な妊娠・出産につながると考えられます。さらに、女性のみならず男性や将来の子どもたちの長期的な健康増進に貢献し、健康寿命の延伸にも大きな役目を果たすことができると考えられています。

 

まるっと女性の健康教育プログラムホームページ国立成育医療研究センターホームページでは、正しい知識を気軽に学んでもらえるよう、ポイントを分かりやすくまとめた「プレコンノート」を作成し、公開しています。実は、今年(2023年)放送されたテレビドラマ「18/40~ふたりなら夢も恋も~」の第1話に、私自身が作成に携わったこのプレコンノートを婚活に持参しているシーンがあり、とても嬉しかったですね。

プレコンノート

尿中FSHに着目

もう一つ、私が力を注いでいる研究が、更年期女性の健康に関する研究です。閉経や更年期症状は、閉経前の多くの女性にとって未知の世界で、不安を感じる方人も少なくありません。更年期症状だけでなく、閉経を機に、生活習慣病にかかりやすくなる、コレステロール値が上がりやすくなる、といった体の変化が起こるのですが、これまで「自分がいつごろ閉経するのか」を事前に知る方法はありませんでした。

そのため、2022年から、閉経と、尿中のFSH(卵胞刺激ホルモン)という物質の関連について研究を進めています。FSHは、多くの人で閉経前の段階から数値が上昇する*ということが分かっていますが、日本では尿検査キットは販売されていません。現在、企業と共同で、手軽に自分の体の状態を可視化し、気づきを提供できる方法を模索しています。

*個人差があり、1割程度の人は数値があまり上がらない人もいます。

 

人生100年時代といわれるようになって久しく、女性の人生は半分近くが閉経後、ということになります。更年期以降の人生をより良く、より楽しく過ごしてもらうために、こうしたキットを活用したヘルスケア支援や、正しい知識の啓発にこれからも取り組んでいきたいと考えています。

研究と啓発の両輪で女性の健康に貢献したい

保健看護学部では、母性看護学基礎の授業などで、女性のライフステージごとの健康問題や、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ*について講義しています。

*英語のSexual and Reproductive Health and Rights、頭文字をとって、「SRHR」と呼称される。“すべての人の「性」と「生き方」に関わる重要なこと”であり、日本語で「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。 参考:JOICFP<公益財団法人ジョイセフ>

授業が進んでくると、毎年必ず学生から「この授業の内容は、看護を学んでいる人以外にも知ってほしい」という声が上がります。もちろん私もそう思っているので、学生には「学んだことを、ほかの学部に通っている友達にも伝えてください。それが、看護職をめざしている学生としてのミッションではないでしょうか」と答えています。そうすると、その後、学生のコメントに「将来看護師・保健師になる身として」といった、使命感に燃える言葉が増えるのです。若い世代にウィメンズヘルスを伝える、という点では、看護職の卵である学生には期待していますし、学生が真剣に学んでくれていることを、教員としてとても嬉しく思っています。

 

また、2022年度には、国際教養学部のニヨンサバ・フランソワ先生のゼミで、女性の健康やセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツについて、学生に講義をする機会(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツって知ってる?)もいただきました。学生のみなさんが非常に興味を持ってくれて、講義後も一時間近く、質疑応答が続いたのには驚きました。一人の男子学生が「今回のお話は生まれて初めて知ることばかりでした。中学から男子校だったので、女性の健康について教わる機会がなく、今日を逃したら一生聞くことができないかもしれないと思って駆けつけました」と感想を話してくれたのも、とても嬉しかったですね。また、この時に企画に携わってくれた学生さんや参加してくれた学生さんとは、卒業論文でも助言させていただく機会がありました。こうした学部間の連携は、今後も機会を見つけてぜひ取り組んでみたいと思っています。

国際教養学部で開いた特別講義に参加したメンバー
参加者全員が真剣に講義に取り組んでいた

これまで、生涯にわたる女性の健康、人生を豊にする性の知識などについて多角的に研究し、その成果を生かして啓発活動に取り組んできました。一方で、健康教育や性教育を「やっただけ」で終わらせるのではなく、エビデンスを持った研究として国内外に発信していくことも、研究者として重要な役割だと考えています。これからも、作成したテキストなどを広く普及させ、より多くの方に正しい知識を知っていただけるよう、研究活動、社会活動に力を尽くしていきたいと思っています。

【関連記事】

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 ― 国際教養学部 ニヨンサバ フランソワ 教授 ―

 

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 ― 国際教養学部 田村 好史 教授 ―

 

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 ―女性スポーツ研究センター 桜間 裕子 特任助教―

 

『妊婦の歯周病リスクを口臭で評価 ~家族で支える産前産後の母子環境~』

 ―医療看護学部 鈴木 紀子 准教授―

 

『SOGIを知ることで未来が見える。「誰一人取り残さない」医療の姿とは』

 ―医学教育学 武田 裕子 教授―

 ―医学部 川﨑 志保理 客員教授―

Profile

西岡 笑子 NISHIOKA Emiko
順天堂大学保健看護学部看護学科教授
東京大学医学部健康科学・看護学科卒業。東京大学医学系研究科健康科学・看護学専攻母性看護学・助産学分野修士課程修了。修士(保健学)。順天堂大学大学院医学研究科疫学・環境医学分野博士課程修了。博士(医学)。聖路加国際病院看護部(看護師、助産師)、順天堂大学医療看護学部助教、神戸大学大学院保健学研究科看護学専攻准教授、防衛医科大学校医学教育部看護学科教授を経て、2022年4月より現職(順天堂大学医療看護学研究科教授併任)。

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