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2024.08.23

大規模研究の成果をベースに、スポーツ・運動を中心とした予防医学を実現

03.すべての人に健康と福祉を

「スポートロジー」とは、単なるスポーツ医科学ではなく、スポーツ・運動と医学を融合させた順天堂発の新しい学問領域です。その研究拠点であるスポートロジーセンターでは、医学とスポーツ健康科学を中心に、哲学などの社会科学まで含む広い視野で研究に取り組み、数多くの研究成果を挙げています。「スポーツ・運動を中心とした予防医学」の実現を目指すスポートロジーセンターが今注力している研究や今後の目標について、田村好史教授に伺いました。

1600人以上の高齢者による大規模コホート調査を実施

――まず、スポートロジーセンターを代表する研究の一つである「文京ヘルススタディ」についてご紹介ください。
2015年にスタートした「文京ヘルススタディ」は、文京区に住む65歳から84歳の高齢者1629人を対象とした大規模コホート研究*1です。対象者全員に対して、骨格筋の量・質(インスリン感受性)を測定するほか、脳MRI、認知機能、動脈硬化、関節機能、遺伝子多型、生活習慣(身体活動量・食事内容)などを網羅的に調べてきました。さらに、10年以上にわたって追跡調査し、認知機能や運動機能がいつから、どんな人が、どのように、なぜ低下するのかなどを解明することを目的としています。

 

*1コホート研究・・「同じ地域に住んでいる」、「同じ年に生まれたなど」、共通の特性を持つ集団を追跡して、その集団からどのような疾病が発生し、また健康状態が変化したかなどを観察して、各種要因との関連を明らかにしようとする研究

田村好史教授

――すでに明らかになっている研究成果はありますか。
中高生時代の部活動経験と高齢になってからの骨格筋量の関係など、これまでにない視点での調査結果を次々と発表しています。
例えば、青年期にバスケットボールやバレーボールをしていた人は、高齢になっても骨密度が高いというデータが得られました。(参考①)この研究の対象は、青年期から運動を継続しているアスリートではなく、中高校生時代に部活動をしていた普通の人たちです。この結果から、青年期のスポーツ経験が長年にわたって影響する可能性や、バスケットボールやバレーボールのように骨に大きな刺激が加わるスポーツの重要性などが示されました。

また、文京ヘルススタディーでは、これ以外にも中高生時の運動が高齢期の運動機能にポジティブに働く可能性(参考②)など、重要なエビデンスを発表しています。

 

(参考①)青年期にバスケットボールやバレーボールをすると高齢期の骨密度が高くなる?

https://www.juntendo.ac.jp/news/16900.html

(参考②)中学・高校生期と高齢期の両方の運動習慣がサルコペニアリスクを低減

https://www.juntendo.ac.jp/news/13517.html

――現在注力しているのはどのような研究ですか。
今まで以上に企業とのコラボレーションが重要になると思います。2020年11月には、フィットネスクラブのカーブスと共同研究講座「健康寿命学講座」を開設し、カーブス会員である元気な高齢者を計測しています。そのデータからフィットネスクラブに通うことによる健康への影響を明らかにして、具体的な運動方法を社会に提供できればと考えています。
最近では、AIを取り入れた研究もスタートしました。アステラス製薬とエクサウィザーズという企業との共同研究では、歩く姿勢を撮影した動画をAIに解析させて転びやすさなどを評価するような医療従事者向け歩行機能評価アプリの開発に取り組んでいます。
今後、文京ヘルススタディ計測5年目の解析データが出てるので、この5年間での変化から見えてくることがあるはずです。そういったさまざまなデータを利用して、新たな価値として社会実装を共に進めてくれる企業とのコラボレーションを、今後さらに充実させたいと思います。

痩せた女性の健康問題について知ってもらうことから

--一般的には肥満が病気の原因とされていますが、スポートロジーセンターでは女性の“痩せ”に着目した研究を行っています。
世界的に見て日本は痩せた女性が多い国で、20代女性の5人に1人以上が“痩せ”と判定されています。女性の痩せ過ぎはさまざまな健康問題につながることが知られていますが、実際に多くの若い女性を調べてみた結果は想像以上に良くないものでした。
20代の痩せた女性を対象に骨量測定や糖尿病かどうかを調べる検査などを行ったところ、骨粗鬆症や月経異常、不妊症などに加えて、糖尿病のリスクが極めて高いことも明らかになりました。(参考③)中でも深刻なのは骨密度です。痩せている若い女性の4割が骨減少症で、20歳で60歳代と同程度の骨密度しかないことも明らかとなりつつあります。

 

(参考③)食後高血糖となる耐糖能異常が痩せた若年女性に多いことが明らかに

https://www.juntendo.ac.jp/news/00217.html

――その結果は問題ですね。
若い女性の痩せを助長する原因の一つに、「痩せたい気持ちを過剰に作り出してしまう社会」があると考えており、この問題については社会全体で取り組んで行く必要があります。
そのための具体的な活動として、2024年3月に設立したのがマイウェルボディ協議会です。この協議会は内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に私たちの研究テーマである「女性のボディイメージと健康改善のための研究開発」が採択されたことを受けて設立したもので、花王、味の素、ルネサンス、カーブスなどのパートナー企業とともに、本課題におけるPR活動を進めています。協議会名にもある「ウェルボディ」とは、身体的、精神的、社会的に満たされている状態のことを指します。

 

マイウェルボディ協議会HP

https://mywellbody.jp/

――個人や社会の意識から変えていかないといけないということでしょうか。
簡単なことではありませんが、それを進めていく必要があると考えています。スポートロジーセンターでは若い女性の体の状態を計測する1000人規模の調査を行う予定で、その結果をエビデンスとして、広く伝えるきっかけにできないかと考えています。
その取り組みの一つとして、日本肥満学会が中心になって、学会横断的な本課題に関するワーキンググループが発足することになっています。近年は糖尿病でも肥満でもない女性が糖尿病治療薬(GLP-1受容体作動薬)を服用する危険なダイエットが流行していることもあり、専門分野の枠を越えて、女性の痩せの状況やウェルボディの概念を伝えていく必要があります。


「痩せメタボ」など日本特有の健康課題に注力

――新しく取り組んでいる研究分野について教えてください。
最新の研究では、脳の視床下部の障害とインスリン作用の関係を明らかにしようとしています。膵臓で作られるインスリンというホルモンは血糖値を調整する役割を担っており、その働きが悪くなることで糖尿病になります。
インスリンの影響は全身におよび、筋肉や肝臓での働きについてはかなり解明されています。一方、脳では視床下部に作用して血糖調節することが知られていますが、ヒトの脳を直接調べることができないため作用メカニズムはほとんどわかっていません。
そこで私たちは本学の神経生理学の小西清貴教授と共同で、脳内の血流の変化を捉える研究を始めました。研究は、鼻からインスリンをスプレーして、脳に行き渡ったところでfMRI検査*2により視床下部の血流の変化を見るという手法で行います。結果をこれから論文発表していきますが、糖尿病発症に関わる新しいメカニズムを解明できるのではないかと期待しています。

 

*2 fMRI検査・・脳の機能や活動の観察をする検査。(MRI検査はおもに全身の組織や臓器の構造の観察をするという違いがある。)

――今後さらに注力していきたい研究領域はありますか。

高齢者や痩せた女性、非肥満者の代謝障害のような日本特有の健康課題で、その中でもあまり研究されてこなかった分野を研究して、しっかりとしたエビデンスを作ることを全体的なコンセプトとしています。肥満でない人の糖尿病やメタボリックシンドロームについて研究し始めた当時は、肥満の問題ばかりフォーカスされた研究が多く、アジアや日本に多くいる非肥満タイプの病態生理が意外なほど明らかでなかったことがありました。私たちが解明した非肥満男性がメタボリックシンドロームに至るメカニズムは、「痩せメタボ」(参考④)という言葉によって広く知られるようになりました。
 これからも同じように重要な健康課題に取り組んでいきます。そして、研究結果をもとに早期発見や予防につながる社会実装も加速させるには産学官の連携が不可欠です。特に実用化の担い手となる企業とのコラボレーションは特に重視していることで、私たちのデータをどんどん活用してほしいと願っています。

 

(参考④)太っていなくても生活習慣病になりやすい人の特徴が明らかに

https://www.juntendo.ac.jp/news/02934.html

予防につながるエビデンスを積み上げる

――田村先生は糖尿病専門の内科医ですが、なぜ高齢者の研究をするようになったのでしょうか。

かつての糖尿病の診療では「太りすぎないようにダイエットしましょう」と伝えるのが普通でしたが、高齢化にともなって糖尿病の栄養指導が大きく変わってきました。というのも、今の糖尿病の患者さんの多くは高齢者となってきており、しっかり食べて自分の足で立って歩ける筋肉を維持することが、血糖値を適正にすることとともに、あるいはそれ以上にとても重要だからです。医師から「筋肉を増やすために、おかずをもっと食べてください」と言われた高齢の糖尿病患者さんは「糖尿病なのに食べていいんですか?」と非常に驚きます。驚くのは当然ですが、骨格筋の不足も糖尿病のリスクになることや、おかずを増やしてもあまり血糖値に影響しないことを説明し、しっかり食べて動くことの重要性を伝えるようになりました。
そのように糖尿病診療をする中で、高齢者糖尿病患者のQOLをより高める必要性を感じたことがこの研究を始めるきっかけになりました。老年医学の専門家ではないのですが、糖尿病治療のあり方を考えるために、このような研究もするべきだと考えました。

――スポートロジーセンターはまさにそのようなエビデンスを積み上げるセンターなのですね。
文部科学省「ハイテクリサーチセンター整備事業」に採択され、本学の小川秀興理事長が初代のセンター長としてスポートロジーセンターが設立されました。その後、「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択され、それによりMRI装置やX線骨密度測定装置、メタボリックチャンバー*3などの大型施設を導入し、数千人規模の疫学調査を進められるようになりました。

 

*3メタボリックチャンバー・・人が 数時間、数日間生活できる部屋(ベッドやトイレなど)と,ガス濃度や流量等の測定機器を備えた設備のこと。

 

スポ―トロジーセンターHP

https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/

――この研究を通じて、どのように社会に貢献していきたいと考えていますか。
糖尿病に限らず、予防できる病気はたくさんあります。予防の基本は、運動、食事、十分な睡眠ですが、それらをいつ、どれくらい、どのようにすればいいかはまだ分からないことが沢山あります。それらのエビデンスを積み上げていき、世の中の人に知ってもらうことや、社会実装のお手伝いをしていくことがミッションだと考えています。
長年診療してきた中で、人が老いる経過や急速に老化する様子を多く見て、肌感覚として“老い”というものを捉えられるようになりました。今はまだうまく言い表すことができないその肌感覚を、データとして表現して、エビデンスを示せればと思いながら研究を進めています。


Profile

田村 好史 Tamura Yoshifumi
大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジー 教授
国際教養学部グローバルヘルスサービス領域 教授

1997年順天堂大学医学部卒業。2000年カナダ・トロント大学生理学教室に研究生として留学。2005年順天堂大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。順天堂大学医学部内科学 代謝内分泌学講座准教授、国際教養学部先任准教授を経て、2017年より国際教養学部教授。2024年より大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジー、代謝内分泌内科学 教授。2016年~2018年までスポーツ庁参与も務めた。


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