SOCIAL

2023.10.02

社会と世界の課題に病気を通してアプローチする学びを

03.すべての人に健康と福祉を

2019年以降、私たちの世界は新型コロナウイルス感染症という新しい病気と闘ってきました。感染予防のためのさまざまな制限は緩和されましたが、決して感染拡大が止まったわけではありません。さらに日本では、梅毒の報告件数が過去最多になるなど、性感染症の急拡大も新たな健康課題になっています。健康や医療、そして国境を超えるグローバルヘルスの知識が、社会のさまざまな場面で求められる中、国際教養学部のニヨンサバ・フランソワ教授に、グローバル感染症などがもたらす社会的影響、国際性と健康・医療に関する知識を得られる国際教養学部の学びについて聞きました。

病気は社会にどのような影響を与えるのか

ここ数年のコロナ禍で私たちは、ウイルスが瞬く間に国境を超え、世界中に広がっていく様子を目の当たりにしました。新型コロナウイルス感染症と同様に世界規模で広がる感染症は、エイズ、マラリア、結核、エボラ出血熱など数多く存在します。私は国際教養学部で、そのようなグローバル感染症をはじめとする病気について、社会的視点を交えた理解をしていくための授業を担当しています。

 

また、感染防御免疫ゼミでは、学生とともにグローバル感染症やアレルギー疾患、免疫疾患がグローバル社会に具体的にどのような影響を与えるのかを研究しています。病気の流行は、私たちの身体だけではなく、生活や社会にもさまざまな影響を及ぼします。新型コロナウイルス感染症が、医学や医療の分野にとどまらず、私たちの生活のあらゆる領域に影響を及ぼしたことはみなさんもご存知の通りです。感染拡大防止のための行動制限は経済活動を停滞させ、企業の業績悪化や倒産が相次ぎ、教育現場では休校や感染防止策を取りながらの授業を余儀なくされました。同時に、感染者やその家族、医療従事者への差別も問題になりました。

 

ゼミでは、新型コロナウイルス、エイズ、アトピー性皮膚炎、花粉症など病気の基礎知識に加え、このように病気から派生する社会問題についても学び、グローバルヘルス領域が抱える多様な課題に挑む解決力を養います。また、学内外の研究施設の見学、外部講師による講演会の開催などを通して、多角的に病気や社会課題についても学び、理解をより深めています。

ニヨンサバ フランソワ先生

日本で急増する性感染症患者。その原因は「教育」

今、日本では若い世代を中心に、性感染症の感染者が急増していますが、特に増えているのが梅毒です。梅毒の感染報告は、2010年ごろまでは年間数百人程度でしたが、10年ほど前から増加を続け、2022年には年間1万人を超え過去最高を更新しました。私のゼミでも、学生が身近な問題として性感染症の急増に興味を持ち、研究テーマとして取り上げています。

梅毒の感染は、高校生・大学生から30代の若い世代を中心に広がっており、なぜこれほど増えているのか、はっきりした原因は分かっていませんが、若年層への性教育が十分ではないことが、感染者増加の根本的な原因だと私は考えています。

 

性教育が進んでいるオランダでは、幼児期から性教育が始まり、小学校では保護者も参加して性教育の授業が行われているといいます。一方、日本では性教育をタブー視する傾向が根強く、学校の授業ではほとんど教えられていません。親自身も性教育を受けずに大人になっていますから、家庭で教えることも難しいでしょう。この結果、子どもたちが性感染症の知識を持たないまま成長し、無防備に性行為をしてしまったことが、現在の感染者急増を招いたと考えられます。

感染症は予防が大切であり、予防は正しい知識を教育することから始まります。LGBTQsへの差別なども、教育の不十分さによって生じている問題のひとつです。多くの人に性教育の重要性が理解されることは、グローバルヘルスの観点からもとても大切なことであり、性教育の充実は日本の社会が直面している大きな課題だと考えています。

パンデミックが私たちに残した課題とは

新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経て、世界にはさまざまな教訓と課題が残されました。私が特に課題だと感じているのは、SNSの使い方です。たとえば、感染拡大の初期、台湾やオーストラリアでは、SNSを使った情報発信で、ある程度の予防に成功しましたが、一方で、不確かな情報が拡散され、パニックや差別の助長に繋がったという側面もあります。感染症対策で最も大切なのは、正しい情報をもとに「正しく恐れる」ことです。感染症対策におけるSNSの有効活用は、コロナ禍を経験した私たちが考えていかなければならない課題の一つです。

また、世界ではコロナ対策に社会のあらゆるリソースが集中し、ほかの感染症の対策が手薄になってしまうという問題も起きました。たとえばマラリアは、コロナ対策に支援が集中した影響で診断や治療が遅れ、年間の死者が45万人程度から60万人以上に増えてしまいました。バランスの取れた感染症対策の実現についても、今後考えていく必要があると思います。

人々の健康と幸せに貢献するアトピー性皮膚炎研究

医学研究者としての私の専門は、炎症性皮膚疾患、特にアトピー性皮膚炎の要因と治療に関する研究です。
アトピー性皮膚炎の患者は全世界で2億人を超え、日本では人口の約3分の1が罹患しているといわれています。しかし、完全に治す方法はまだ見つかっていません。私たちの研究チームは、特定の抗菌ペプチド(*1)が皮膚の細胞のオートファジー(*2)という機能を活性化させ、アトピー性皮膚炎の炎症を軽減することを初めて解明しました。これは、アトピー性皮膚炎のこれまでにない治療法の開発に繋がる可能性のある成果です。

 
アトピー性皮膚炎になると、湿疹や強いかゆみが起こり、多くの患者さんが睡眠障害や集中力の低下に悩まされます。症状だけでなく、偏見による差別やいじめを受けたり、肌を見せる温泉やプールを避けたりと、精神面でもつらさを抱える人がとても多い病気です。そのため、アトピー性皮膚炎に関する研究は、世界中にいる多くの患者さんの「幸せ」にも貢献するものになると同時に、病気を『社会的視点』でとらえる国際教養学部の学びとも深く繋がっているのです。

 

*1 抗菌ペプチドは、私たちの体に自然に存在し、微生物と戦う機能と免疫調節機能が備わっています。研究により、ある抗菌ペプチドによりオートファジーを活性化させると、皮膚のバリア機能が高まり、アトピー性皮膚炎の症状を改善させることが分かりました。
*2 細胞には、細胞内の古くなったたんぱく質を酵素で消化し、それを材料に新しいたんぱく質を作る「オートファジー」という機能があります。

健康、社会、コミュニケーションを地続きで学ぶ

国際教養学部には、『グローバルヘルスサービス領域』『グローバル社会領域』『異文化コミュニケーション領域』の3領域があり、この3領域はさまざまな形で繋がっています。たとえば、感染症やアトピー性皮膚炎は「ヘルス」の問題のように見えて、生活への影響や差別・偏見という「社会」の課題とも深く関わっています。さらに、そうした課題の解決には、正しい情報の発信や対話といった「コミュニケーション」が重要な役割を果たします。感染症から経済、教育、政治まで、分野を横断して地続きで学べるのは、国際教養学部ならではの魅力だと思います。
ヒトやモノが国境を超えて自由に行き来し、地球規模で気候変動が起きている今、私たちの健康や病気もより広い視点でとらえることが求められています。学生には、ぜひグローバルに活躍できる知識と視野を身に付けてほしいですし、私自身も、学部での教育や皮膚疾患の研究を通して、世界中の人の健康と幸せに貢献していきたいと思っています。

Profile

ニヨンサバ フランソワ NIYONSABA Francois
順天堂大学国際教養学部教授
順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター教授

ルワンダ出身。中国医科大学臨床医学部卒業。順天堂大学大学院医学研究科生化学第二講座修了、医学博士。専門は皮膚免疫学、感染症。アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患の機序と感染防御における抗菌ペプチドの役割に着目し、皮膚免疫や感染症、創傷治癒などに関する研究に従事。国際教養学部では、グローバルヘルスに関する科目を担当し、グローバル感染症や免疫疾患が社会に及ぼす影響を研究している。

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