SOCIAL
2020.12.21
幼少期の体力が生涯の健康を左右する。リモート運動遊びで子どもの体力向上をサポート
運動や体を動かす遊びは、子どもたちの健やかな成長に欠かせない要素です。一方で、子どもの運動不足や体力低下は社会的な問題にもなっています。今年は、新型コロナウイルス感染症により、子どもの運動や遊びを取り巻く環境が大きく変わりました。発育発達学や測定評価学、特に、体力や運動能力の観点から子どもの成長に関する研究に取り組んできた鈴木宏哉先任准教授に、子どもの体力低下は何を招くのか、日本の子どもたちの体力の現状などについて聞きました。
2つの体力の低下が
将来の健康に影響を及ぼす
「子どもが運動をしなくなった」「子どもの体力は低下している」。報道などの影響もあり、そういった印象を持っている方は少なくないと思います。国が1964年から行っている調査によると、日本の子どもの体力は、1980年代にピークを迎え、その後2000年頃まで低下を続けました。この頃から、子どもの体力低下が社会問題として取り上げられるようになり、国による対策も始まりました。年齢や体力要素によって異なりますが、全体的な傾向としては2000年頃から緩やかに向上している傾向にあります。ただし、1980年代の高かった頃と比べるとまだ低い状況にありますし、ボール投げについては、すべての年齢で低下しています。今年はコロナ禍での外出自粛などの影響を受け、あらためて子どもの運動不足や体力低下への懸念が生じています。
では、そもそもなぜ子どもの体力低下が問題なのでしょうか。
まず、「体力」は、大きく2種類に分かれます。一つは「健康に関連する体力」で、筋力や持久力がこれに当たります。もう一つは「運動に関連する体力」です。“スキップができる”“ドリブルができる”といった、体を制御し調整するような力を指します。
「健康に関連する体力」は、20歳頃にピークを迎え、その後、緩やかに低下していくことが知られています。そのため、子どものうちにしっかり高めておかないと、生涯における“体力のピーク”自体が低くなってしまうのです。そして結果として、健康を害してしまうレベルにまで体力が低下する時期も早まってしまうと言えるでしょう。また、「健康に関連する体力」は幼児期に不足してしまうと、小児の生活習慣病や肥満につながる可能性もあります。
一方、「運動に関連する体力」は、直接的に健康に関わるものではありません。しかし、このタイプの体力が低い子どもは、運動から遠ざかってしまう傾向があります。日常的な身体活動や運動・スポーツに触れる機会が少なく、運動習慣が獲得できないまま成長するため、成人後も運動に消極的になりがちです。成人期以降に「健康維持のために体力をつけよう」と思っても、行動につなげにくくなってしまいます。長期的視点で考えれば、「運動に関連する体力」が低いこともまた、健康に影響を及ぼすといえるのです。
また、スポーツは、体を動かすことの爽快感や、仲間と一緒に過ごす楽しさも味わうことができます。運動習慣がなく、そうした機会を逃してしまうことは、生活の質や人生の幸福度にも影響するかもしれません。
持久力はアジアでトップ。
実は「体力がある」日本の中学生
「日本の子どもは体力不足」。一般的にそう考えられてきましたし、私自身もその前提で20年以上研究してきたのですが、近年携わった研究で、意外なことが分かりました。アジアの8都市の子どもを比較すると、東京の子どもは最も「体力がある」のです。
この研究は、香港の研究者の呼びかけに応じて私をはじめ各国の研究者が協力し、東京、香港、ソウル、上海、台北、シンガポール、クアラルンプール、バンコクの中学生を対象として行ったものです。それぞれの都市で同じ内容の体力測定を実施し、得られたデータから4種類の健康関連体力を比較しました。その結果、全身持久力(最大酸素摂取量)と筋持久力(60秒間上体起こしの回数)の2項目で、東京の中学生が他都市よりかなり高いことが分かったのです。これには私も驚きました。
体力測定と併せて行った身体活動調査によれば、東京の中学生は、他都市に比べて運動やスポーツをする時間が長く、それが持久力の高さに影響していることが考えられます。そして、その運動時間の長さを支えていたのが、学校の運動部活動でした。
日本では当たり前の「部活」ですが、今回調査したアジアの他都市には、類似した活動はありません。昨今話題になっている過度な長時間練習は解決すべき問題ですが、「スポーツをする機会が、公共教育の場で提供されている」という環境は、あらゆる子どもの体力を維持・向上させるためにとても重要だと考えています。
緊急事態宣言下での幼児の活動実態を調査
多様な動きを経験させる工夫が必要
今年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、大人も子どもも、屋内で過ごす時間が増えました。特に子どもたちは遊ぶ場所や機会が減り、その影響を心配している保護者の方も多いのではないでしょうか。
今年の4月から5月にかけて、大学院スポーツ健康科学研究科の内藤久士研究科長・教授、花王株式会社と共同で、緊急事態宣言下での幼児の活動実態を調査しました。幼児と保護者に歩数計を着けてもらい、歩数の計測とアンケート調査を行った結果、幼児、保護者ともに歩数が減少し、特に3~5歳の幼児の歩数が大きく減少していることが分かりました。また、外出が制限されたことが減少の大きな要因となっている一方、外出しなくても、保護者の工夫次第で幼児の活動量は増える傾向が見られました。
運動に関わる神経系の機能が発達する幼少期は、いろいろな動きを経験することが大切です。特に、「体を移動させる動き」「バランスを取る動き」「道具などを操作する動き」の3要素を取り入れた運動や遊びは、動きの多様性を育みます。しかし、遊び方が制限されるコロナ禍においては、そうした多様な動きを経験する機会が奪われてしまうことも心配されます。今後の「Withコロナ」の社会を見据え、ソーシャルディスタンスを確保した上での集団遊びや、家庭内でできる遊びを工夫していく必要があるのではないかと考えています。
関連リンク
・歩数調査からみた、緊急事態宣言下の幼児の活動実態(プレスリリース)
https://www.juntendo.ac.jp/news/20200902-02.html
・Withコロナ時代の子どもの遊び方。体力を維持するポイントとは?(JUNTENDO SPORTS)
https://www.juntendo.ac.jp/sports/news/20201225-01.html
「リモート運動遊び」の取り組みを
運動指導の地域格差解消の糸口に
現在、研究室で取り組んでいるのが、静岡県三島市などの幼稚園・保育園とさくらキャンパスをインターネットで繋いで運動指導を行う「リモート運動遊び」の活動です。「リモート運動遊び」は、幼稚園・保育園に大型のモニターを設置し、運動指導を担当する教員や大学院生が、オンラインでつないだ研究室から子どもたちに声を掛けたり動きの手本を見せたりしながら、いろいろな動きを取り入れた遊びを楽しむプログラムです。三島市では、以前から行政と連携して幼児の体力や身体活動に関する研究を展開してきました。以前は直接運動指導を行っていたのですが、頻繁に行き来せずにプログラムを充実させる方法として、昨年からリモートでの実施を検討していました。新型コロナウイルスの影響は想定外でしたが、時節に合った取り組みにもなりました。
これまでに、三島市の幼稚園のほか、さくらキャンパスがある印西市のこども園でも実施し、子どもたちも、元気に楽しんでくれています。将来的には、離れた場所にある幼稚園同士を繋いで、リモート運動会のような新たな交流を生み出せるのではないかと期待しているところです。
子どもの運動に関して、専門的知見を持つ指導者は限られています。所在地を問わず、全国のどの幼稚園・保育園でも専門家の指導を受けやすくなるという点で、リモートによる活動には一定のメリットがあると考えています。これからさらに回を重ね、より多くの子どもたちの体力向上をサポートするとともに、運動指導の地域格差是正に繋がる研究に発展させることも検討しています。
現場の指導者を支えて
たくさんの子どもを元気にする
私の研究の背景にあるのは、目の前の子どもたちが高齢期まで元気で幸せに過ごすために、スポーツや運動、体力に関する領域からどのようなアプローチができるのか、という思いです。子どもたちに直接指導することはもちろん大切にしていますが、私一人が関わることができる人数には限りがあります。一人でも多くの子どもを元気にするためには、やはり、現場で子どもたちと接する指導者を育成していくことが必要です。
そのため、三島市での取り組みでは、単に子どもに運動遊びを指導するだけでなく、必ず先生方とその日のプログラムの内容や狙いを振り返り、知識を深めていただくことを大切にしています。また、私たちが指導する様子を見ることで、先生方は指導マニュアルの情報だけでは分からない動きの意図や指導のコツを感じることができ、より子どもの体力向上に役立つ指導ができるようになると考えています。
今、幼児教育や保育の現場では、たくさんの先生方がいろいろな工夫をされています。その取り組みを検証・還元し、良い取り組みは評価し、現場で頑張るみなさんをバックアップすることが研究者の役割だと思っています。現場をサポートすることが、子どもたちに提供される教育プログラムの質を高めていくことに繋がります。確かな知識を持つ指導者を育て、支えることで、より多くの子どもたちを元気にしていきたいですね。