SPORTS

2023.02.06

しっかり動ける体が子どもの"正しい姿勢"をつくる

「スポーツ庁×順天堂大学リレーコラム」第2回(前回)では、幼児期に元気に運動遊びができる体をつくるため、乳児期から気をつけておきたいことについて、小児科医の東海林宏道先生(医学部)に話を聞きました。第3回となる今回は、理学療法学の観点から、幼児期に体を動かして基本的な動きや正しい姿勢を身に付けることの大切さを、理学療法士でスポーツ理学療法が専門の中村絵美先生(保健医療学部理学療法学科助教)にお話しいただきます。

スポーツ庁×順天堂大学リレーコラム「幼児期からの運動習慣づくり」

中村絵美先生_プロフィール用 -s.png

リレーコラム第3回! 話を聞いた先生は…

 

順天堂大学保健医療学部理学療法学科
中村 絵美 先生


理学療法士。スポーツ理学療法学を専門とし、特に成長期の野球選手の投球障害を予防する研究に取り組む。認定理学療法士(スポーツ)、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー資格を有する。

「基本的な動き」が苦手な子が増えている

まずはじめに、理学療法士について簡単にご紹介したいと思います。理学療法とは、病気やけがで運動機能が低下した方が、起き上がる、座る、歩くといった日常生活の基本動作を再獲得するために行う治療法を言います。理学療法士は、患者さんをサポートしながら理学療法を行う、体の動きを見る専門家です。私自身は、アスリートを対象とするスポーツ理学療法を専門とし、特に成長期の野球選手の投球障害を予防する研究に取り組んでいます。

 

コラムの第1回で鈴木宏哉先生も話されている通り、幼児期の運動不足や体力低下は、将来にさまざまな影響を及ぼす可能性があることが分かっています。理学療法学の側面からも、小さいころに運動を経験していないと、成長過程で必要な骨への刺激が不足して骨が脆弱になったり、いざ運動をした時にけがをしやすくなったりする可能性が考えられます。そして、さらに私が注目しているのが、スポーツよりもっと簡単な「基本的な体の動き」を苦手にする子どもが増えていることの影響です。

みなさんの周りのお子さんは、和式トイレを使えますか? 昨今、子どもたちの中には和式トイレを使う姿勢をとると、しゃがむことができず、尻餅をついてしまう子が増えています。その背景には、やはりトイレに代表されるような生活スタイルの洋式化があります。「足の裏を床に付けたまましゃがむ」という動きは、足首、膝、股関節をしっかり動かして重心を下げなければならないため、関節や筋肉の柔らかさが必要です。ちゃぶ台でご飯を食べ、床に敷いた布団で寝るといった従来の和式の生活スタイルでは、必然的に「しゃがみ込んで立ち上がる」という動作が増え、その動きを通して足関節や股関節の可動域を広げることができました。しかし、椅子やベッドを使うようになったことでそうした動きは減り、以前よりも関節の柔軟性が失われてしまったと考えられます。深くしゃがむことができないと、例えば重いものを持ち上げる時にしっかり腰を落とすことができず、ぎっくり腰を起こしやすくなるかもしれません。けがをしにくい体の使い方を身に付けるという意味でも、しゃがむという動きはとても重要です。


しゃがむことのほかにも、苦手とする子が増えている動きがあります。それは、立った状態から膝を曲げずに体を前に倒す「前屈」や、両腕を高く上げる「バンザイ」の動作です。これらの動きができるかどうかは、正しい姿勢で生活しているかにも深く関わっています。たとえば、前屈がしっかりできる子は、太ももの裏側の筋肉が柔らかく、座っている時も良い姿勢を保ちやすくなります。また、背中が丸まっていると両腕を高く上げることができないので、バンザイの腕の上がり具合で、猫背になっているかがわかるのです。

中村 絵美 先生

子どもの猫背は、健康にも悪影響を及ぼす可能性があります。背中が丸まり胸郭が閉じてしまうため、息を大きく吸うことが難しくなり、それが長く続くと肺活量が減ってしまいかねません。肺活量が少なければ、疲れやすくなり、スポーツをした時に持久力不足になるリスクも高まります。また、野球をしている子どもを対象にした研究では、猫背の子どもほど肘のけがをしやすいという報告もあります。幼少期の基本的な動きと姿勢には関連があり、それが将来の健康やけがのリスクにも繋がっています。幼児期に多様な動きができるようになることは、理学療法の観点からもとても重要だと言えるのです。

セルフチェック!

前屈

前屈 s.png

 

膝を曲げずにてのひらが床につけることができるか

もも裏や腰・背中側の筋肉の柔軟性をチェックすることができ、股関節から腰・背骨にかけて連動した動きがきちんとできているかを見ることができます。

しゃがみ

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かかとを浮かさずにお尻をしっかりと下まで下げられるか

股・膝・足関節の複合的な関節運動を確認するとともに、重心位置の変化に対してしっかりと体幹を使ってバランスをとれているかを評価することもできます。

バンザイ

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耳の後ろまでしっかりと両腕をあげることができるか

腰をそらせてしまったり、頭や首を前に突き出してしまったりしていないか確認します。

子どもの時期に同じ動きを繰り返すリスクとは?

コラムの第1回では「幼児期は一つの動きを繰り返すより、いろいろな動きを経験して神経を刺激することが将来の運動能力を高めることにつながる」というお話がありました。加えて、子どものころから同じ種目、同じ動作だけを繰り返すと、けがのリスクが高まることも明らかになっています。

 

子どもが同じ動きを繰り返して起きるスポーツ障害の中でも、よく取り上げられるのが私の専門である「投球障害」です。投球障害の中でも「野球肘」は、繰り返しボールを投げて肘に過度の負荷がかかることで起こるけがの総称で、典型的なものに肘の剥離骨折があります。野球の肘のけがといえば、プロ野球選手に多い靱帯損傷が知られていますが、成長期の子どもは骨の組織が未熟で軟らかいため、靱帯より先に骨にダメージを受けてしまうのです。同じように成長期に骨が損傷するけがに、ジャンプやキック動作を繰り返すことで膝の骨が突出してしまうオスグッド・シュラッター病などがあります。

 

こうしたけがは、痛みがあるのはもちろん、しっかり治療しないとけがをした部分から骨が変形してしまう危険性もあります。幼少期にスポーツで同じ動作だけを繰り返すことには、大人とは異なるリスクがあります。子どもたちが将来にわたって安心安全にプレーできるよう、定期的なメディカルチェックなどを行い、けがを予防していくことが大切です。

「ご飯の間だけ」でも正しい姿勢を意識

子どもたちのスクリーンタイムの急増が、社会的に大きな問題になっています。長時間スマートフォンやタブレット端末の画面を見ていると、運動遊びの時間が減ってしまうだけでなく、姿勢も悪くなっていきます。一時的に背中が丸まってしまうのは仕方がないのですが、それをしっかり元に戻して、元気に体を動かせる状態を保つことが大切です。できれば日ごろから全身を使った運動ができる環境をつくり、大人が見守っている場所では、木に登ったり、少し高い場所からジャンプしてみるなど、体を大きく自由に使う運動をさせてあげてほしいと思います。

 
また、室内でもできる全身運動としておすすめしたいのが、みなさんご存知のラジオ体操です。ラジオ体操は、しっかり取り組むことで良い全身運動になり、ストレッチ効果もあります。先ほど「猫背になると腕が上がらなくなる」という話をしましたが、保護者の方の中にも「最近肩が上がりにくいな」と感じている方がいらっしゃるかもしれません。お子さんだけでなく、保護者やご家族の健康のためにも、一緒に毎日ラジオ体操をしてみてはいかがでしょうか。

 

さらに、幼児期から正しい姿勢を習慣づけることも、とても重要です。幼児が長時間姿勢を意識し続けるのは難しいため、私が治療を担当する子どもたちには、まず「食事の時間だけは姿勢を正して食べてごらん」と伝えています。短い時間から始めてしっかり意識付けをし、少しずつ正しい姿勢を習慣にしていきましょう。

幼児期は体が変化しやすい時期です。体が動かしにくくなったり、姿勢が悪くなってしまっても、大人よりもずっと早く取り戻すことができます。保護者や子どもに関わるみなさんには、幼児期の子どもにさまざまな動きを経験させることで、骨格や筋肉の発達や正しい姿勢づくりをサポートしていただきたいと思います。

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