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2023.03.06

幼児期の運動は非認知スキルを伸ばすのに役立つ?

「スポーツ庁×順天堂大学リレーコラム」第3回では、幼児期に体を動かして基本的な動きや正しい姿勢を身に付ける大切さについて、理学療法学の中村絵美先生(保健医療学部理学療法学科)に聞きました。第4回では、スポーツ心理学を専門とする川田裕次郎先生(スポーツ健康科学部准教授)に、幼児期に発達するといわれる非認知スキル(非認知能力)と運動習慣の関わりについてお話いただきます。

川田先生_プロフィール.png

リレーコラム第4回! 話を聞いた先生は…

 

順天堂大学スポーツ健康科学部
川田 裕次郎 先生

専門は「スポーツ心理学」。スポーツ選手および指導者の心理的サポートについて研究している。公認心理師、スポーツメンタルトレーニング指導士資格を有する。

今話題の「非認知スキル」とは

近年、特に幼児教育の分野で「非認知スキル(非認知能力)」という言葉が注目されています。

 

非認知スキルとは、テストの点数やIQといった数値で表される認知スキル(認知能力)ではなく、周りの人とうまくやっていく力、チームで何かを成し遂げる力、自分の気持ちをコントロールする力など、私たちの社会生活にさまざまな影響を与えるスキルのことです。今のところ「非認知スキル」の学術的な定義は定まっていないのですが、一般的にはOECD(経済協力開発機構)が「社会情動的スキル」と呼んでいる3つの力、①長期的な目標の達成(物事を最後までやり遂げる力)、②他者と協働する力(ほかの人と協力して仕事をする力)、③感情を管理する力(自分の気持ちをうまくコントロールする力)が、非認知スキルであるとされています。

なお、非認知スキルは、英語で「ノンコグニティブスキル(non-cognitive skills)」と表現されますが、日本では「非認知能力」と言われることが多いようです。「スキル」と「能力」は似ている言葉ですが、心理学では後天的に変えられる度合いの強いものを「スキル」、先天的要素の強いものを「能力」と呼んでいます。そのため、原語で「skills」としている意図をくみ、この記事では「非認知スキル」と表現したいと思います。

なぜ幼児期の非認知スキルが重要なのか

現在は、幼稚園教育要領や新しい学習指導要領にも非認知スキルの要素が盛り込まれています。たとえば、幼稚園教育要領の「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」には、自立心、協同性、道徳性・規範意識の芽生え、社会生活との関わりといった非認知スキルが挙げられています。

幼児期の非認知スキルが注目されるようになったのは、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ヘックマンによって報告された「ペリー就学前プロジェクト」がきっかけでした。この研究では、貧困層家庭の3~4歳児に2年間の特別な教育支援を行い、支援を受けたグループとそうでないグループが40歳になるまでの状況を比較しました。その結果、支援を受けたグループの方が、高校の卒業率、学力テストの成績、収入などが高く、逮捕者率や生活保護受給率が低いことが分かりました。一方で、成長後の2つのグループのIQには大きな差がなかったことから、社会的達成度を高めるためには、IQには表れない力、つまり非認知スキルが重要だと考えられるようになり、「いかに幼児期に非認知スキルを伸ばすか」に対する関心が一気に高まったのです。

実際、幼児期は、さまざまな非認知スキルが発達すると考えられます。たとえば36歳ごろは、自分とほかの人の気持ちは違うことを学ぶ時期です。自他の違いを知り、相手に配慮することを学ぶと、一つしかないおもちゃを友達に譲ったり、順番に使ったりすることができるようになります。またこの時期には、「おいしそうなおやつが目の前にあっても我慢する」といった感情をコントロールする力もつき始めます。こうしたスキルは幼児期に顕著に伸びるものです。

 

ただ、個人的には、あらゆる非認知スキルが幼児期に伸びるわけではなく、スキルの要素によって伸びる時期は異なると考えています。ヘックマンは幼児期の重要性をかなり強く訴えているのですが、少なくとも非認知スキルは「幼児期を逃してしまったら取り返しがつかない」という類いのものではないことは、みなさんにお伝えしておきたいと思います。

幼児期の運動習慣と非認知スキル

では、幼児期には、どんな活動をすると非認知スキルを伸ばすことができるのでしょうか。さまざまな活動が関係することが考えられますが、このリレーコラムの先生方と取り組んでいるプロジェクトでは、幼児期の運動習慣と非認知スキルの関係を明らかにするため、大規模な調査を進めています。

 

運動やスポーツをしていると、同じチームの仲間の考えに合わせて動いたり、対戦相手の気持ちを読んで相手が予想しない隙をついたりする場面がたくさんあります。そうした経験は、何度も繰り返すことでコミュニケーションスキルを育み、他者に自分を合わせる協調性を高める可能性があります。

 

また、練習中にさまざまな工夫をすることで、勝負に勝てるようになったり上手に動けるようになったりもするでしょう。こうした「自分が何かを変えたことによって結果が変わった」という学習を、心理学では「随伴性の認知」と言います。この随伴性の認知を数多く経験することにより、苦しいことやうまくいかないことがあっても、最後までやり遂げる力が高まるかもしれません。これから調査結果を踏まえて研究を進め、非認知スキルと幼児期の運動習慣がどのような関係にあるのか、解き明かしていきたいと思っています。

川田 裕次郎 先生

メンタルヘルスと幼児期の運動習慣

実は、運動習慣が人の心理状態に及ぼす影響として、すでに分かっていることがあります。それは「幼児期に運動習慣がなかった人は、青年期や成人期にメンタルヘルスの不調に陥りやすくなる」というものです。

 

心理学的には、幼児期と児童期は、心がとても安定している時期です。この時期は、心の健康に影響を与える問題が起きても、すぐにうつや不安障害につながることはあまりありません。ところが、心が不安定になる青年期を迎えた時、その問題が急にメンタルヘルスの不調として表れることがあります。実際、私が心の不調を訴える方に対応する時には、生い立ちや小さいころに育った環境を詳しく聞きますが、その話の中に、現在の不調の種になるような出来事が見つかるケースは珍しくありません。

こうしたメンタルヘルス不調を抑制する要因として運動習慣が重要な役割を担っている可能性があるのです。幼児期の運動習慣が青年期の心の安定にどのように貢献しているのかについては今後さらなる研究が必要と言えますが、運動習慣によって得た「多様な人との関わり」や「目標達成の中で得た小さな成功体験」などが青年期の心を安定させるのに役立つ可能性がありそうです。こうした研究結果から、幼児期の運動習慣は将来の心の健康にとっても重要だということができるでしょう。

いろいろな活動を楽しみ非認知スキルを伸ばす

このリレーコラムでは、どの先生もそれぞれの分野から「幼児期はいろいろな運動をすることが大切」とおっしゃっていますが、私もその意見に賛成です。運動遊びやスポーツは、それぞれの特徴によって養われる非認知スキルが異なります。まんべんなく非認知スキルを伸ばすためにも、幼児期には、バランス良くいろいろな運動遊びや競技・種目に触れてほしいと考えています。また、心理学では、観察対象を見て行動を真似ることを「モデリング」と言い、モデリングには新しい知識や行動を身に付ける効果があります。異なる年齢や世代の人と関わりを持ち、その姿を真似ることも、非認知スキルを高める要素になると思います。運動によって異なる年齢や世代の人と関わる機会を持ってほしいとも考えています。

子どもの非認知スキルを伸ばすために大切なことは、子ども自身が「楽しい」「好き」と思える活動を見つけて、その活動の中でコミュニケーションや感情をコントロールする経験をたくさんすることです。子どもたちが楽しく体を動かせる運動遊び、スポーツの習い事はもちろん、運動に限らず音楽や勉強でも良いでしょう。保護者の方や幼稚園・保育園の先生方には、子どもが楽しみながら無理なく続けられる活動が見つかるよう、子どもたちをサポートしてあげてほしいと思います。この時に重要なことは、子どもが興味や関心を持ったものは、少なくとも一度はチャレンジする機会をつくってあげるということです。そうすることで、子どもの興味や関心に適した(個別最適化した)「非認知スキル」を育むための環境を提供することができるでしょう。

私の子どもの「非認知スキル」はどうだろう!?

子どものここ半年くらいの行動について、どれくらいあてはまりますか?
多くあてはまった場合、「非認知スキル」が育まれていると言えます!

 

「非認知スキル」チェックリスト

Q1.他人の気持ちをよく気づかう
Q2.素直で、だいたいは大人のいうことをよくきく
Q3.他の子どもたちから、だいたいは好かれているようだ
Q4.ものごとを最後までやりとげ、集中力もある
Q5.自分からすすんでよく他人を手伝う(親・先生・子どもたちなど)

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