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2023.03.22

保護者のフィジカルリテラシーが子どもの運動機会を左右する

「スポーツ庁×順天堂大学リレーコラム」第4回では、スポーツ心理学の川田裕次郎先生(スポーツ健康科学部)に、幼児期の非認知スキルと運動習慣の関わりについて語っていただきました。第5回では、幼児期の運動習慣づくりに関して順天堂大学が行った実態調査の結果からどのようなことが見えてきたのか、運動疫学を専門とする染谷由希先生(スポーツ健康科学部助教)に解説していただきます。

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リレーコラム第5回! 話を聞いた先生は…

 

順天堂大学スポーツ健康科学部
染谷 由希 先生

スポーツ医学、運動疫学が専門。順天堂大学同窓生研究、Bunkyo Health Studyなどのコホート研究にもかかわる。健康運動指導士を有する。

幼児の保護者5,000人を調査して見えてきたこと

はじめに少しだけ、運動疫学とはどのような学問なのかについてご紹介したいと思います。「疫学」は、ヒト集団を観察し、原因と結果を線で結ぶような学問です。元々は医学の世界で始まったもので、疫学の手法は、たとえば新型コロナウイルス感染症のような感染症が発生した時、患者の世代、特徴、行動などを調査分析して原因を探り、いち早く治療や予防策を講じるために用いられます。近年、その手法は医学以外のさまざまな学問領域に応用されていて、運動やスポーツとの関連を見ているのが運動疫学です。運動疫学では、たくさんのデータをもとに疫学的手法で運動と病気の因果関係を探り、「病気や怪我の予防や治療に役立つ運動とは何か?」といった情報を示すことをめざしています。

さて、順天堂大学は今年度、スポーツ庁と連携し、幼児期からの運動習慣づくりプロジェクトの一環として、全国の3歳~小学2年生の子どもの保護者約5,000人を対象に、大規模な調査を行いました。この調査は、居住地域、家族構成、子どもや保護者の運動習慣などを聞き取り、保護者から見た幼児の生活環境・習慣、体力・運動能力の実態を明らかにしようとするものです。今回のコラムでは、運動疫学の観点から、調査結果を分析して見えてきたことをお話ししてみたいと思います。

「活発に遊ぶ子ども」の保護者の特徴とは?

この調査で私たちが検証したいと考えていたことの一つに「子どもの運動習慣や運動能力と保護者のフィジカルリテラシーの関係性」があります。

フィジカルリテラシーは、コラム第1回でも鈴木宏哉先生が紹介されていますが、実際に体を動かして運動する能力はもちろん、運動にどのような意味や価値があるかという知識、運動に対する前向きな気持ちなど、さまざまな要素を含んだ“身体活動に関する素養”のようなものです。このフィジカルリテラシーについて、調査では、身体(身体を動かす能力)、感情(身体活動を楽しいと感じるか、自信があるかなど)、認知(身体活動のメリットを知っているか、知識を活用できるかなど)、社会(身体活動で他者を尊重して協調できるかなど)の4つの領域から質問し、回答者である保護者にどのくらいフィジカルリテラシーがあるのかを調べました。


その回答を分析した結果、分かってきたのは、フィジカルリテラシーが高い保護者ほど、子どもが体を活発に動かす遊びを「よくする」「非常に良くする」と答えている割合が高く、保護者のフィジカルリテラシーと子どもの活発な遊びの頻度には相関関係があるということです。

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一方で、居住地域、住宅環境、家族構成、世帯年収といった要素は、それほど関係がないことも見えてきました。なんとなく「きょうだいがいる子の方がよく体を動かしているだろう」「マンションより一戸建ての方が活発に遊びやすいだろう」と想像してしまうのですが、今回の調査では、そうしたイメージとは異なる結果が見えてきました。私自身、特に大都市と小都市や町村部との地域差が強く出るのではないかと予想していたので、この結果は意外でした。


居住地や家族構成といった“変えにくい因子”よりも、フィジカルリテラシーという“変えることができる因子”の影響が大きいという結果は、これから幼児期の運動習慣づくりを進めるにあたり、希望が持てるものだと思います。運動習慣や運動能力を高めるために、子どもが今いる環境の中でできることは何かを、周囲の大人がしっかり考えていく重要性をあらためて感じました。

スクリーンタイム2時間超えが半数以上

さらに今回の調査では、幼児期のスクリーンタイム(テレビやスマートフォンの画面を見ている時間)についても質問しています。「1日のスクリーンの視聴時間は平均どのくらいですか」と聞いたところ、2時間以上と答えた保護者が半数以上を占め、中には8時間以上という回答もありました。データを詳しく見ていくと、スクリーンタイムと子どもの身体活動は、それほどリンクしていないようです。

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家族と一緒に体を動かす頻度が高い子、運動系の習い事をしている子であってもスクリーンタイムが短いとは言えず、そういう子どもは「運動をする時はして、それ以外はゲームやスマホを見て過ごしている」という状態にあると考えられます。また、最近では公園でゲームをしていたり、ゲームの中で身体を動かしていたりとスクリーンタイムと身体活動が混在している状態も見られます。

実はこの「ある程度は運動するが、座ってスクリーンを見ている時間も長い」ことの是非は、今、運動疫学の分野で盛んに議論されているテーマです。最近は、不活動の時間が長いことが問題だという観点から、「運動しましょう」という呼び掛けより、「30分に1回は立ち上がって動かない時間を減らしましょう」といったメッセージが強く出されています。幼児でも今後、不活動の時間が長いことによる影響が問題になってくるかもしれません。


なお、このリレーコラムでもたびたび話題に上っている「子どものスクリーンタイム問題」ですが、これまでのスポーツ庁の調査で問題視されてきたのは小中学生でした。今回の調査は、さらに小さい幼児のスクリーンタイム、つまり不活動の時間について実態を把握できたという点で、これまでにない有益な調査になっていると思います。

染谷 由希 先生

将来を想像して子どもが体を動かすサポートを

今回の調査データから、子どもたちの身体活動を増やすには、保護者のフィジカルリテラシーを高めることが効果的である可能性が高いことが見えてきました。これまで、このリレーコラムでは、4人の先生がそれぞれの専門分野から幼児期にたくさん体を動かすことの重要性を語ってくださっています。そのお話を読んでいただくことも、フィジカルリテラシーを高めることにつながると思います。ぜひこうした情報に触れ、子どもと一緒に体を動かす時間をつくったり、運動あそびを促してあげたりしてほしいと思います。

健康をつくり、維持するためには、自分を知り、将来を想像することが大切です。大人は健康診断や体組成のデータを見れば「自分を知る」ことができますが、小さな子どもにはできません。保護者や幼児に関わる大人には、子どもを日ごろからしっかり観察してその子を知り、健やかな成長をサポートしてあげることが大切になります。子どもが将来どうなるのかに想像力を働かせ、手を差し伸べてみてはいかがでしょうか。

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