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2023.06.07

「できる」より「心を育てる」運動を子どもの習慣に

令和4年度の「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」では、現場で活躍する運動指導者にインタビューを行い、取組事例の調査も行いました。「スポーツ庁×順天堂大学リレーコラム」の第6回は、本プロジェクトのリーダーである鈴木宏哉先生(スポーツ健康科学部先任准教授)、実際に運動指導者へのインタビュー調査を担当した宮田洋之先生(中京大学スポーツ科学部任期制講師)、小貫凌介先生(聖ヶ丘保育専門学校専任教員)の3人に、インタビューを通して見えた指導者の目的意識や工夫、幼児期の運動はなにを目指すべきか、などについて語っていただきました。

左から小貫凌介先生、鈴木宏哉先生、宮田洋之先生

現場の指導者へのインタビュー調査から見えてきたこと

鈴木 宮田先生と小貫先生は、研究者であり、実際に現場で子どもたちに運動指導をしている指導者でもありますよね。そんなお二人だからこそ、臨場感のあるインタビューをしていただけると思って今回のインタビュアーをお願いしたのですが、指導者からの話を通してどんなことが印象に残っていますか?

 

小貫 私はまだ現場の経験が浅く、個人的には、運動が苦手な子へのアプローチの仕方、子どもの叱り方、保育者との連携を深掘りしたいと思っていました。経験豊富な先生方の共通項を探りながらインタビューしていたのですが、指導者が一方的に答えを言うのではなく、子どもに考える場と時間をちゃんとつくり、気付きを与えることを意識して取り組んでいる方が多かったのが印象に残っています。

 

宮田 いけないことをしてしまった子に「何がいけなかったか分かる?」と問いかけて、子どもに判断する能力を養う、といったことですよね。

 

小貫 そうですね。考えさせて子ども自身の声を引き出すような働きかけをするというのは、みなさんに共通していたと思います。

 

鈴木 運動が苦手な子への配慮でいうと、いろいろなことでほめてもらえるから楽しいな、という雰囲気につながる声がけも意識されていましたよね。運動ができるかできないは個性としてはありますが、ほめるポイントはそこだけじゃない。「きちんと順番を守れたね」「お友達に優しくしてあげたね」と別な視点でほめてあげると、活動する場所に来ることに対するモチベーションが生まれると思います。宮田先生はどんなことが印象的だったでしょうか?

 

宮田 「そうですよね」と共感できる部分もありましたし、「そんな方法があるのか!」と目から鱗の内容もありました。ただ、みなさん共通しているのは、子どもに活動をどう楽しんでもらうか、どうすれば子どもが笑顔になるか、ということを一番に考えていたということです。どう楽しませるかの方法はさまざまでしたが、運動指導の狙いの部分は共通していた印象です。

小貫 凌介 先生

「特訓して逆上がりができた」だけでいい?

鈴木 今回のプロジェクトで私たちは、子どもの体力向上という側面よりも、「運動あそび」の中で多様な動きを経験して、運動習慣のきっかけをつくることを重視していました。指導者へのインタビューは、そういった我々の目的意識と現場の方々のチャンネルが合っているかを確認する作業でもあったと思いますが、その点はいかがでしたか?

 

宮田 企業が運営する、いわば営利的なクラブの指導者にもお話を聞くことができたのですが、ビジネスライクにやっているのかなと思いきや、みなさん「楽しく運動して、運動を好きになってもらう」という狙いを持っていて、そこは私たちと同じだなと思いました。

 

鈴木 そのようなクラブには、「とにかく逆上がりができるようにしてほしい」という思いなどを持って通わせている保護者もいるため、指導者側も「できるようになること」を目指しているのかなと私も思っていました。ところがそうではなくて、保護者のニーズには応えつつ、多様な動きができる遊び、楽しくやる気が出るような声掛けを織り交ぜて運動指導をしている方がほとんどでしたね。「特訓して逆上がりができるようになりました」というだけでは少し違うよね、という、私たちと同じ認識を持たれていたため、安心しました。

 

宮田 もちろん逆上がりができるようになることも目指すのですが、「できるようになる」ことよりも「できないことにチャレンジする心を養う」ことに重きを置き、人間的な成長を目指していると話してくれた指導者が、本当に多かったです。

 

小貫 人間力という部分に着目している指導者の方がほとんどだった、というのは、私も印象に残っています。このコラムリレーの第4回でも「非認知スキル」に触れていますが、人間関係を良好にするためのさまざまなスキルを、運動の場面を通して子どもたちに経験させて、学んでもらうということです。

 

鈴木 そうですね。子ども同士のトラブルも、すぐに仲裁するのではなく、まずは観察してお互いの言い分を聞き、「次はどうしたらいいかな?」という声がけをするなど、かなり対応を工夫されていました。「人間関係のトラブルも一つの経験」ととらえて、心の成長に繋げようという意識が読み取れましたね。そのような経験は学習塾ではなかなかできないですし、運動指導の現場ならではのものではないかと思います。

宮田 洋之 先生

「見える化」で先生や保護者を巻き込む

鈴木 今回のプロジェクトで行った全国調査では、幼児の運動習慣に保護者のフィジカルリテラシーが影響しているという結果が得られました。フィジカルリテラシーとは「体を動かすことにまつわる教養」です。その人自身が生涯にわたって運動やスポーツを続けることに役立つ能力や知識とも言えます。保護者のフィジカルリテラシーの向上には、子どもが日常的に通う保育園や幼稚園でのアプローチが重要だと思いますが、インタビューの中で、保育園や幼稚園の先生方、保護者への働きかけのヒントになるような話はありましたか?

 

宮田 保育者や先生、保護者を巻き込もうとする意識は、どの指導者にもありました。その話を聞いていて考えたのですが、運動指導を専門とする経験豊富な先生方が取り組んでいることは、実は運動指導に限らず、現場の先生が日常的に向き合う保育や教育の場面でも役立つことが多いんです。そのような例を挙げて、運動指導を専門にする先生が園の先生に指導法を伝授するときには、現場の先生が「なるほどな」と感じられる要素を盛り込んだ上で運動のことを伝えていくと、運動指導の経験が少ない先生方をもっと巻き込んでいけそうな気がしています。やっぱり運動の専門的な話だけでは、なかなか伝わらないので。

 

小貫 インタビューで出た事例では、保育園や幼稚園で体育委員の先生(園内での業務的役割)を決めることで、園を挙げて運動あそびができる“仕組み”を先に作ってしまう、という話も面白いと思いました。もちろん先生たちが自発的に取り組めるのがベストですが、初めは少し強制的に役割を振って、その先生に先頭に立って運動あそびに取り組んでもらう。そうすることで運動あそびの大切さに気がついてくれたら、その後は自発的に取り組んでもらえるのではないかと思います。

 

鈴木 先進的な例では、宮城県女川町で活動している運動指導者の方は、運動プログラムの様子を撮影した動画に、その運動あそびの狙いや「おうちでもやってみてください!」といったテロップを入れて保護者向けに配信していました。あれは今時のやり方ですよね。「自分の子が映っている動画」というところがポイントで、指導者が「運動は大事ですよ」って話をするだけの動画だったら、きっと見てもらえないでしょう(笑)。撮影はスマートフォン、編集はフリーソフトを使って短時間で行っていて、一人でやってもそこまで難しくはないそうですよ。

 

宮田 保護者に子どもへの興味を持ってもらうのに、「見える化」はすごく大事だと思います。動画でなくても、たとえば運動あそびの様子を写真に撮って、お便りの代わりにメールを送るとか、園の壁に貼ってお迎えの時に見られるようにするとか、そのような方法でもいいですよね。

 

小貫 動画を使った保護者の巻き込み方は本当に上手で、参考にしたいと私も思いました。もちろん、活動そのものが楽しくないと、子どもが背を向けてしまうため、まずはいろいろなプログラムで現場を充実させて、そこから保護者や保育者を巻き込むことで、より効果を高めているのだなと感じました。

 

宮田 見える化という意味では、保育者や先生への見える化も大切だと思います。これまでもいろいろな運動プログラムや運動あそびを紹介するところまでは行ってきましたが、さらに具体的に、こういう言葉掛けをすると子どもが楽しんでやりますよ、というような点も提示できるといいのかなと思います。インタビューで出た実践例では、フープをくぐる遊びをする時に、『クジラさんがおなか痛いって言ってるよ。フープをくぐっておなかの中に行って治してあげよう!』という展開の仕方をすると、子どもたちが積極的にフープをくぐりだしたという話がありました。指導経験の少ない先生方や保護者にはそういうことまで具体的に紹介すると、取り組みやすくなるのではないでしょうか。

鈴木 宏哉 先生

大人も一緒に体を動かして子どもの心を育てよう

鈴木 では最後に、保育者や先生、保護者の方へのメッセージ、今後の展開などをお願いします。

 

宮田 結局、人間力の向上にしても、保育者や保護者の巻き込み方にしても、指導者の「職人技」のようなところがあって、これまでそれほど言語化されていなかったんですよね。今回のインタビューでは、その職人技をたくさん拾い上げることができました。幼稚園、保育園、家庭で日常的に運動に取り組んでもらえるようにするためには、現場にいる保育者や先生、保護者の方に今回得られた情報をどう「見える化」して届けるかが重要だと感じました。

 

小貫 保育者や先生にはぜひ子どもと一緒に体を動かしてほしいですね。子どもたちって、先生が大好きなんです。先生が楽しそうに体を動かしていたら、みんなきっと運動が好きになります。先生は子どもの鑑。言葉よりも行動で、子どもの心を動かすような先生がどんどん出てきてほしいと思います。また、保護者の方には、それぞれ事情はあると思うのですが、お子さんと一緒に体を動かす時間をたくさん作って、子どもをほめて、認めてあげてほしいと思います。

 

鈴木 塾に通ってテストの点数を上げるのと同じように、最近は運動の習い事も跳び箱や鉄棒が「できるようになる」ことにフォーカスされている保護者が増えているように思うのですが、過度に「できる」を目指すと、『できるようになったけどもうやりたくない』という子が増えかねません。体育や運動あそびを、何かができるようになるためのものではなく、運動を習慣化するきっかけだと思ってもらえるといいですよね。それから、幼児期の運動あそびには、人間性を含め、広い意味で子どもを成長させる要素がたくさんあるということはお伝えしたいです。

 

宮田 「人間的な成長」は、今後幼児の運動習慣を考える上でキーワードになると思いますし、保護者のフィジカルリテラシーを高めることにも繋がりそうです。もっと深掘りしていくと新しい発見があるかもしれません。

 

鈴木 そうですね。保護者や保育者、先生方には、園での運動あそびや運動の習い事を人間的な成長につながる場ととらえていただけるとうれしいですね。

【保護者に対して子どもの運動あそびを「見える化」する方法例】

・動画で撮影して保護者限定で配信する

・運動の様子の写真を付けたお便りメールを送る

・送り迎えの時に見える場所に運動の様子を載せたポスターを貼る

・参観日に体育や運動の様子を見てもらう

・保護者と子どもが一緒に取り組む運動の“宿題”を出す

Profile

順天堂大学スポーツ健康科学部 先任准教授
鈴木 宏哉

中京大学スポーツ科学部 任期制講師
宮田洋之

聖ヶ丘保育専門学校 専任教員
小貫凌介

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