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2022.07.27

スポーツや教育の課題解決にメタバースはどう活かせるか?学生たちが挑戦する新時代のアクティブラーニング

コロナ禍において、よりさまざまな場面で用いられるようになったオンライン会議ツール。離れた場所にいてもインターネットを介して簡単に繋がることができる現代では、オンラインサービスの増加やメタバースの登場など、デジタルツールを使ったコミュニケーションの在り方が注目されています。そのような中、スポーツ健康科学部では、バーチャル空間を活用してさまざまな社会課題の解決を図るという、特徴的なゼミナールが実施されました。デジタルの力は、今後どのように社会に影響を与えていくのか、ゼミナール担当教員で科学コミュニケーションを専門とする山田泰行先生に話を聞きました。

話題の「メタバース」とは何か?

2021年以降、よく耳にするようになった「メタバース」。メタバースとは、英語の「超(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語で、ニール・スティーヴンスンの小説『スノウ・クラッシュ』に登場する仮想空間サービスの名称が由来とされています。インターネット上に構築された3次元の仮想空間に、アバターと呼ばれる自分の分身を通して参加。もう一つの「現実」として、その空間の中でコミュニケーションしたり生活を送ったりすることが想定されています。昨今、メタバースへの注目が高まる中、順天堂大学においても、メタバースを活用した新たな医療サービスの構築を目指した日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)との共同研究がスタート(https://www.juntendo.ac.jp/news/20220413-05.html)。順天堂医院を仮想空間に再現した「順天堂バーチャルホスピタル」を構築することで、来院前の施設見学や入院患者さんと家族の交流の場として活用するなど、多様な可能性が検討されています。

「順天堂バーチャルホスピタル」のイメージ

このように、大きな期待が寄せられているバーチャル空間の発展について、山田先生は次のように語ります。
「私が子どもの頃は、テレビゲームはリアル空間で遊ぶための新しい玩具でした。ゲームに熱中している子どもたちの会話もリアル空間で交わされていました。しかし、オンラインゲームで遊ぶ現代の子どもたちは、バーチャル空間の生活を楽しみながら、そこに集まる仲間たちとチャットで会話しています。大人よりもごく自然に、デジタルの世界と現実を行ったり来たりしていると感じます。それだけメタバースが特別なものではなく、当たり前の存在となっているのでしょう。これからの学生と教員には、メタバースのような新しいテクノロジーに逸早く触れ、調べ、使いこなす力が求められるのではないかと感じています」(山田先生)

山田泰行先生

メタバースを使って社会課題を解決する、スポーツ健康科学部の学び

2022年4月末、スポーツ健康科学部の山田先生のゼミナールでは、メタバースを活用して社会の課題解決を考えるアイデアソンが実施されました。まるで隣で話しているかのようなリアルなコミュニケーションが可能なバーチャル空間の会議システム「oVice」を活用して、スポーツ・健康・教育・ビジネスの各分野で設定した社会課題の解決策を学生たちが考案。グループに分かれて検討を重ねたアイデアをoVice社にプレゼンテーションしました。アイデアソンを企画した山田先生は「コロナ禍で大学に通学できなかった期間に、オンラインで学生にどのようなアクティブラーニングを届けるかを模索してきました。ストリートビューを活用したオンライン・フィールドワークなどは、私が実践したアイデアのひとつです。しかし私でなく、デジタルネイティブの学生たちなら、どのような面白いアイデアを思いついただろうと考えるようになりました」と、そのきっかけについて話しました。コロナ禍において、スポーツ分野もオンライン対応の課題に直面したことも一因だったと山田先生は語ります。
「業界関係者から『どうすれば、スポーツ大会をオンラインで楽しく開催できるか?』『どのように、オンラインでアスリートや指導者らの交流を深められるか?』といった相談を受けることが多く、バーチャル空間で開催するイベントの企画力や、参加者の満足度を高めるファシリテーション力が、これからのスポーツ系人材に求められると考えました。バーチャル空間をマネジメントできる人材なら、リアル空間でそれ以上のパフォーマンスを期待できる。そう考えたとき、スポーツ健康科学部として、メタバースを題材とするアイデアソンに取り組む意義があると感じました」(山田先生)

「oVice」を利用して行ったoVice社へのプレゼンテーションの様子

よりリアルに。生活に近づくバーチャル空間の活用

アイデアソンでは、学生が6グループに分かれて社会課題のテーマを設定し、「社会課題を解決するために、どのようなバーチャル空間を、どのように使用するか?」を議論しました。
教育分野から「不登校児の適応支援」をテーマに設定し、課題解決に臨んだスポーツ健康科学部3年の中村美桜さんは、次のように語ります。
「スポーツ健康科学部は保健体育や特別支援の教員養成に力を入れており、教育問題に関心の高いメンバーが多かったのでこのテーマを選びました。情報収集を進めるうちに中学生の不登校が多いことに気が付き、学校に興味を持ってもらうきっかけとしてバーチャル空間を活用できないかと考えたんです」(中村さん)
中村さんのグループでは、不登校の生徒の気持ちを第一に考え、彼らが訪れたくなるバーチャル空間のスタディルームや雑談ルームの構造を検討。企業へのプレゼンでは、不登校生徒、クラスメイト、担任、カウンセラーなど、空間を利用するステークホルダーを整理し、それぞれにメリットのある運営体制を練った点が評価されました。
「アイデアソンに参加するまでメタバースについてあまり知識がなかったのですが、今回の提案を通して、会議や学校教育などさまざまな場面で自然と生活に入り込んでくるものだと知りました。課題発見力や仲間と協働する力も身に付けられたと思います。企業に直接提案するという貴重な体験もできました。今後も機会を見つけて積極的に挑戦したいです」(中村さん)

中村美桜さん

また、スポーツ健康科学部3年生の宇野開星さんのチームは、スポーツ分野から「どこでも楽しめるスポーツ観戦」をテーマに設定しました。どこに住んでいても、誰とでも交流できる新しいスポーツ観戦の場として、バーチャル空間のスポーツバーを開設することで、スポーツ界を盛り上げるというアイデアです。

「スポーツを専門に学ぶ学生として、オンラインを活用してスポーツを活性化させたいと考えていました。スポーツの国際大会が開催されると、パブリックビューイングで都市部の人たちが盛り上がっている様子が報道されます。しかし、地方ではそのような環境はまだ多くありません。スポーツ観戦を楽しむ環境の地域差を埋めるために提案したアイデアが、“バーチャル空間で楽しめるスポーツバー”です。パブリックビューイングによるスポーツ観戦の醍醐味は、なんと言っても“会場の一体感”。リアルならではの“ガヤや喧騒”をバーチャル空間で体験できるように設計するなど、現実に近い体験になるよう工夫しました」(宇野さん)

バーチャル空間のスポーツバーで、本物の試合観戦チケットを購入できる仕組みについて、「オンラインの出会いをきっかけに、リアル空間での交流やスポーツ観戦、経済活動を促す動線を確保できている」と山田先生は評価します。

「今回の経験を通して、メタバースはリアルに代わるものではなく、リアルと掛け合わせてより良くしていくツールだと学びました。良いアイデアが思い浮かばず苦しい時間もありましたが、それを乗り越える面白さを実感し、企画の仕事にも興味が湧いています。スポーツ分野はメタバースを取り入れることによってさらに面白くなる分野なはず。今後もこのような経験を積み、バーチャル空間を活用したスポーツの活性化に取り組みたいです」(宇野さん)

宇野開星さん

その他にも、箱根駅伝の観戦をもっと面白くするバーチャル空間や、修学旅行をオンラインで楽しむための企画、災害時にどのようにメタバースを活用するかなどさまざまな提案が行われました。山田先生は、「リアルな社会課題を設定し、学生らしい柔軟な発想で解決策を導くことができた」とアイデアソンを振り返ります。
「人間工学の考え方では、リアル空間でもバーチャル空間でも、そこに集まる人間の特性に配慮しながら、環境をデザインしていくことが大切とされています。どのグループもバーチャル空間を利用する者の視点に立って考えることができていたので、実用性が高い企画が生まれたと思います。自分たちのアイデアを企画として提案し、フィードバックをいただいたことで、適度に緊張感のある授業を展開できました。新しいテクノロジーに関心を持ち、社会課題の解決に向けて積極的に活用しようとする姿勢が身に付いたのではないでしょうか」(山田先生)

リアルとバーチャルの両方で活躍できる人を目指して

今後は、リアルとバーチャルのメリットを上手く繋げて活用していくことが、ますます求められるようになるでしょう。「リアル空間とバーチャル空間の両方で活躍できる人材をスポーツ分野から輩出したい」と、山田先生は意気込みを語ります。それはスポーツのプロフェッショナルを目指す順天堂大学の学生にとっても大きなメリットになるかもしれません。「バーチャル空間で人間が働く未来が実現すると、一般企業に就職した学生でもプロスポーツ選手と同等のトレーニング時間を確保できる可能性があります。卒業時にプロ選手になれなくても、メタバースでセルフ・プロデュースを行い、スポンサーを獲得しながら、自立した競技活動を展開できるようになるかもしれません。指導者やトレーナーであれば、メタバースを活用することで、サポートできるアスリートの数が増えるかもしれません。デュアルキャリアの形成にメタバースを役立てることもできるでしょう」と、山田先生は今後の可能性に期待を寄せます。このように、バーチャル空間の活用は、スポーツに関わる人たちの未来を拓く一助になるかもしれません。

今回、学生たちはoVice社からフィードバックを受けることができました。今後も社会と繋がりながら産学連携で学びを深めていきたいと山田先生は語ります。
「順天堂大学には企業だけでなく、スポーツ分野や教育分野、医科学分野の専門家からフィードバックをもらえる環境があります。グループワークに取り組む学生たちも、トップアスリート、スポーツ愛好家、地方出身者など個性が様々で、面白いアイデアが生まれやすい土壌があると思います。先生方も協力的なので、このような実習も企画しやすいです。これからも、スポーツ健康科学部の強みや特色を生かしながら、新しいカタチの学びの場をデザインしていきたいです」(山田先生)

 

メタバースをはじめとしたバーチャル空間は、今後ますます私たちの生活に寄り添う身近な存在となっていくでしょう。「学生たちには、人に伝えるのが難しそうな科学情報や、扱うのが難しそうなテクノロジーほど、面白くてわかりやすく発信できる人になってほしいです。教育、訓練、指導だけでなく、エンターテイメントとして科学情報やテクノロジーを届けることができるようなスポーツ分野の科学コミュニケーターとして活躍してほしいと思います」と学生たちへの想いを寄せる山田先生。順天堂大学はそのような時代の変化に伴い、リアルとバーチャルの両方で個性を生かして輝ける人材を育成する教育を展開していきます。

ゼミナールの学生と(後列左端が山田先生)

Profile

山田 泰行 YAMADA Yasuyuki
順天堂大学スポーツ健康科学部 准教授

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科にて博士(スポーツ健康科学)を取得。名古屋市立大学大学院医学研究科助教を経て博士(医学)を取得。科学コミュニケーション、人間工学、科学教育、心理学が専門。スポーツやビジネスの科学情報を効果的に伝えるための、コミュニケーション、ファシリテーション、インフォグラフィックスを研究。高度な科学情報を現場の知恵に変えるための社会活動を展開。日本人間工学会(科学コミュニケーション部会長)、日本オリンピック委員会ナショナルコーチアカデミー(ファシリテーター・講師)。

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