PICK UP!

2025.09.18

生命予後とQOL向上にむけた心臓・腎臓リハビリテーション ~地域や在宅でのリハビリにも取り組む~

リハビリテーションは、病気やケガによって低下した心身の機能を回復し、生活の質(QOL)を向上させるために行います。一般的には脳卒中や骨折の治療後に行う身体機能回復の運動療法などがよく知られています。心臓・腎臓リハビリテーションの専門家として臨床現場で働き、最先端研究に取り組んでいる順天堂大学保健医療学部理学療法学科の齊藤正和先生に、高齢化に伴って重要度が増している心臓・腎臓リハビリテーションについて、お話を伺いました。

心臓・腎臓リハビリテーションとは

――心臓リハビリテーションや腎臓リハビリテーションという言葉はあまり聞き馴染みがありませんが、どのようなものなのでしょうか。
一般に知られているリハビリテーションは、脳卒中や骨折などの手術後にその部分の機能を回復するために行いますが、心臓リハビリテーションや腎臓リハビリテーションはそれらとは少し異なります。心臓や腎臓といった臓器そのものを良くすることではなく、心臓や腎臓の病気をもっている人や手術後の体力を回復させ、日常の生活機能をより良くするために行うリハビリテーションです。また、心臓や腎臓のリハビリテーションは患者さんの生命予後*¹に影響するという点がほかのリハビリテーションと異なる特徴です。つまり、心臓・腎臓リハビリテーションは生命予後を改善する治療の一端を担うものと位置づけられています。患者さんの命や生涯に直結する治療なので、大きな責任感は感じつつも、やりがいを感じていますし、魅力の一つであると考えています。

 

*1生命予後…病気やケガの治療後の経過や将来の状態、特に生存の可能性や期間に関する医学的な見通しのこと。

――心臓リハビリテーションはどのような人を対象に、どんなことをするのでしょうか。
心臓リハビリテーションは、大きく分けると心臓手術などの侵襲的な治療を行う方に対するリハビリテーションと、薬物治療などの非侵襲的な治療を行う方のリハビリテーションという2つの領域に分けられます。前者は、心臓手術後などの入院期間に体力を落とさないようにするためのものです。手術前から開始し、手術後も術後翌日から歩行練習などを開始することでスムーズに元の日常生活に戻れるようにします。また、入院中に行う退院後の運動指導も重要で、日常生活に復帰後も運動を継続することで心臓疾患の再発率は大きく低下します。後者は、手術がでない状態の心臓疾患を抱えた人が対象です。心臓が悪いからといって動かないでいると筋力が低下し、さらに心臓の負担が大きくなってしうため、運動療法によって足腰を鍛えて、心臓への負担を軽減します。


転倒予防を重視した心臓リハビリテーション

――これまでに取り組んできた研究テーマにはどのようなものがありますか。
臨床現場でリハビリテーションを提供する中で気になったことをテーマに、研究に取り組んできました。その1つが腎臓が悪い人への心臓リハビリテーションです。心臓と腎臓は一方の機能不全がもう一方の機能不全を誘発する「心腎症候群」という病態があるほど、互いに影響し合っている臓器(心腎連関)で、個人的にも「腎臓が悪い人が心臓手術を受けた後のリハビリをしても、なかなか状態が良くならない」と感じていました。となれば、心臓と腎臓、両方の臓器の状態を見極めたリハビリテーションが必要になるはずですが、その方法についてはほとんどエビデンスがなかったため、自ら研究することにしたのです。この研究では、心臓手術後の回復に腎臓機能が影響していることを見出すとともに、腎臓の機能障害のレベルや体液管理*²に応じて、運動療法を行うことの重要性を明らかにしました。

 

*2体液管理…適切な水分摂取量や塩分摂取量を守ることで、体内の水分量や電解質バランスを適切に保つこと。透析患者には、体重管理と同義で使用される場合もある。

――現在注力している研究について教えてください。
高齢者に多い「転倒予防」にフォーカスした研究を行っています。順天堂医院入院加療中に心臓リハビリテーションを受けた患者さんが退院後に転倒したかどうかを調査し、外来心臓リハバリテーションによる転倒予防効果や転倒リスクとなる因子を明らかにしようという研究です。転倒予防では、身体機能やバランス機能、筋力も大切ですが、アンケート調査を通じて「転倒恐怖感」が転倒リスクを予測するうえでかなり重要な因子であることがわかってきました。調査で明らかになったのは、入院中にリハビリテーションを受けて、退院する前から転倒に対して強い恐怖心を抱いている人ほど転倒しやすいということでした。その理由は明確になっていませんが、転倒を過度に怖がるあまり動かなくなり、体力が衰えて転倒しやすくなるという悪循環が考えられます。また、逆に転倒に恐怖心を抱かなさすぎる人も転倒リスクが高いことがわかっています。それほど体力はないのに、恐怖心がないため自分を過信して行動し転倒してしまうというパターンです。


――そのようなリスクを持つ高齢の患者さんに対して、理学療法士としてはどのようにアプローチする必要があるでしょうか。
現時点ではまだリスク因子を調べる段階ですが、怖がりすぎる人に対しては、自分の身体機能を適切に理解させ、「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」ということを伝える教育的アプローチや、行動変容につながる心理的サポートを行いつつ、バランスや歩行の機能を改善するようなリハビリテーションが重要になると思います。

透析クリニックと連携した腎臓リハビリテーション

――腎臓リハビリテーションについても教えてください。
腎臓リハビリテーションは腎臓病の患者さんを対象としていますが、その中でも「保存期」「透析期」「腎臓移植後」という3つの領域に分かれます。理学療法士として行うのは運動療法が中心ですが、食事療法や薬物療法などと連携した取り組みをまとめて腎臓リハビリテーションと呼びます。2010年頃まで、腎臓病の患者さんは運動をすべきではないという考えが主流で、標準的な治療として運動制限が行われていました。運動をすると、体は、運動に関与しない臓器の血流を抑えて筋肉への血流量を増やすように調整するので、腎臓の血流が減り、結果として腎臓の機能が低下すると考えられてきたためです。確かに運動をすると一時的に腎臓への血流が減りますが、すぐ元に戻ります。最近では、むしろ運動をしたほうが腎臓の機能が良くなるということがわかり、腎臓病の人も積極的に運動すべきということになってきたのです。


――腎臓リハビリテーションではこれまでにどのような研究を行ってきましたか。
末期不全のため血液透析を行っている患者さんは、週3日ほど外来に通って透析治療を受けます。一方何らかの病気を発症し、急激に腎機能低下した症例は、集中治療室で24時間透析を受ける方がいます。このような症例は、一気に体力・筋力が低下してしまいます。そのため集中治療室で24時間透析の機械につながれたままでも安全に体を動かすことができないかと考え、臨床の工夫や研究をしてきました。集中治療室で数日間行う運動療法により病状や予後が劇的に良くなるとはいえませんが、24時間透析を行っている方も座ったり立ったりということが安全に行えることを示すことができました。そのほかの研究テーマとしては、透析患者さんを対象とした転倒予防、サルコペニア(筋肉量減少による身体機能低下)、カヘキシア(悪液質:食欲不振による筋肉減少)などがあります。

急性期病院から地域・在宅へ、広がるフィールド

――最近注力しているのはどのようなことですか。
現在、透析クリニックが参加する「Renal Exercise and Physical activity networks(REPnet)」という研究会を主催しています。研究会に参加しているのは透析患者数100~200人程度のクリニックで、独自に研究するにはサンプル数が不足しています。この研究会は、そのようなクリニックが連携して多施設共同研究を行ったり、腎臓リハビリテーションの啓発や人材育成を目的としています。研究会が運営している多施設共同研究として、血液透析患者さんの身体機能、身体活動量、栄養状態などの推移を前向きに調査検討(REPnet-HD study)しています。また、透析導入期の末期腎不全の患者さんの身体機能、身体活動量の推移を調査(REPnet-init study)しているほか、血液透析患者さんに対する運動療法の効果を検討するための第2期REPnet-HD2 studyを計画しているところです。現在は13施設が参加し、登録している患者症例数は700名にものぼります。これまでに共同研究の英語論文を6本ほど発行するなど、国内外でも類を見ない規模の研究に発展しており、注目されています。


――これからの心臓・腎臓リハビリテーションに向けて、新たに展開しようとしている領域はありますか。
これまでの心臓リハビリテーションは、急性期病院や集中治療室を主戦場としてきましたが、高齢心不全患者さんの増加にともない、急性期病院から地域・在宅に主たるフィールドが移行しています。地域の心臓リハビリテーションの場として、心臓リハビリを実施する循環器クリニックも増えてきました。そこで、私たちはクリニックベースの心臓リハビリテーション施設の現状やリハビリ内容を調査する取り組みを始めています。まずは本学の大学院生と一緒にデータ収集などを進めているところです。また、施設に通えない方への訪問リハビリテーションの重要性も増しています。私自身も心臓の病気に力を入れている訪問リハビリテーション施設で週1回働きながら、研究活動を行っています。特に力を入れているのは、人工心臓を植え込んでいる人のリハビリテーションです。

各分野を牽引するトップリーダーが揃う保健医療学部

――運動療法などを行う際に、患者さんが継続してがんばれるようにどんなサポートを心掛けていますか。
患者さん自身に将来に対するビジョンがないと、つらいリハビリをがんばれません。5年後何をしたいか、今後どうなりたいかといったビジョンや目標を持ってもらい、それを共有することが第一歩かなと思っています。ただ、心臓・腎臓リハビリテーションを受けることになる患者さんは生活習慣病が原因であることが主で、「もともと運動習慣がない」「そもそも運動が嫌い」といった方たちが多いです。ケガで運動できなくなったアスリートであれば競技に復帰するためというモチベーションがありますが、そうではない方たちに運動を継続してもらうことの難しさがあります。それでもがんばろうと思ってもらえるように、信頼関係、人間関係を構築していくことが重要で、すごく運動を嫌がっていた方が改善に向けて努力しているところを見ると、やっていて良かったと思えます。


――先生から見た、順天堂大学保健医療学部はどんな学部でしょうか。
保健医療学部の教員は、各分野を牽引する日本のトップリーダーが揃っています。教員たちは同じ大学の仲間ですが、いい意味で競争意識があり、高いレベルで切磋琢磨できる環境であることが強みだと感じています。理学療法学科としては国家試験合格100%、就職率100%を目指していますし、教員たちも積極的に最先端研究に取り組んでいます。加えて、順天堂医院との連携も含め臨床にも注力しているので、教育、研究、臨床の全てにおいて充実しています。最近は運動機能以外のリハビリテーションを目指して入学してくる学生も少しずつ増えていますが、心臓や腎臓といった内部障害のリハビリテーションはまだマイナーな領域です。しかし、複数の内部障害を抱える高齢者が多く暮らす日本では、健康寿命の延伸や医療費削減のためにも心臓・腎臓リハビリテーションの普及がさらに重要になりますから、より多くの方に関心を持ってもらいたいと思います。

Profile

齊藤 正和  Saitoh Masakazu
順天堂大学保健医療学部理学療法学科 先任准教授
2002年北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法専攻卒業。2009年同大学大学院医療系研究科博士課程修了(医学博士)。北里大学心臓リハビリテーション室、榊原記念病院心臓リハビリテーション室などを経て、2015年よりドイツ・University Medical Center Göttingenに留学。2020年より現職。専門分野は、心臓リハビリテーション、腎臓リハビリテーション、サルコペニア・フレイル・カヘキシア。

この記事をSNSでシェアする

Series
シリーズ記事

健康のハナシ
アスリートに聞く!
データサイエンスの未来

KNOWLEDGE of
HEALTH

気になるキーワードをクリック。
思ってもみない知識に
巡りあえるかもしれません。