MEDICAL

2023.07.21

あなたも当てはまるかも?肺の生活習慣病「COPD」とうまく付き合う方法とは

「COPD」という病気をご存じでしょうか。COPDの日本語での名称は慢性閉塞性肺疾患といい、主に長期間による喫煙が原因で、肺に炎症が起こり息が吐き出しにくくなる病気です。治療や経過が長期に及ぶ慢性疾患では、患者さん自身による自己管理(セルフマネジメント)が治療の鍵を握ります。今回は、COPDにおけるセルフマネジメントの重要性について、長年看護師として呼吸器科の臨床現場に携わってきた若林律子先生にお話を伺いました。

生活習慣病の1つで「身近な」病気

「肺の生活習慣病」とも呼ばれるCOPDは有毒物質の吸入や大気汚染によって引き起こされる疾患です。発症すると気管支に炎症が起こったり、肺胞が破壊されたりすることで、息切れ、咳・痰などの症状が起こります。2019年のWHOの発表では、世界の死亡原因の第3位にも挙がっています。
日本でも未診断の人も含めると、70歳以上の6人に1人がCOPDに該当すると言われており(NICE study 2001年)、決して珍しくない病気です。海外では男性も女性も同じくらいなりやすい病気ですが、日本では喫煙率に直結しており、圧倒的に40歳以上の男性患者が多い点が特徴です。現在、日本の喫煙率は減少傾向にありますが、電子タバコの影響や、現代社会ならではの大気汚染問題なども関連してくる可能性を考えると、COPDの患者が減っていくとは一概には断言できません。

合併症や併存症も多いCOPDの恐ろしさ

COPD自体は肺の病気ですが、息切れがあるためにだんだん運動をしなくなり筋肉が痩せ衰えていく……という負のスパイラルが問題になっています。COPDの主な原因は、喫煙であるため、喫煙が原因となる他の病気を併発しているケースも多くみられます。その他にも、虚血性心疾患や骨粗鬆症、糖尿病など、肺だけに限らず全身に様々な病気を併発している可能性もあります。さらに、COPDの患者は健常者に比べて肺がんの発症率が約10倍高くなるとも言われており、注意が必要です。
早期発見・早期治療が重要なCOPDですが、自身で自覚して治療に取り組む患者は非常に少ないのが現状です。日本国内には約530万人の患者がいると言われていますが、実際に治療に取り組んでいるのは1割に満たないとも言われています(NICE study 2001年)。息切れ、息苦しさの症状でかかりつけ医を受診しても「加齢」や「運動不足」という診断で終わってしまうことも多いようです。

若林先生はCOPD早期発見のための有効な手段についてこう語ります。
「COPDの兆候を見逃さないよう、定期健康診断等への呼吸機能検査の導入が推進されています。この検査は、スパイロメータという器具を用いて1秒間にどのくらい空気を吐けるかを測定し、その量が一定基準を下回った場合にCOPDと判断するものです。日常生活で息切れが気になったり、他の人と一緒に歩いているときに自分だけ遅れてしまったりといった症状が現れた場合には、呼吸器系の医療機関を受診して検査を受けることをおすすめします」

患者さん自身が慢性疾患と向き合い、上手に付き合っていく

COPDで壊れた肺は完全に健康な状態に戻すことはできませんが、医療機関の受診時だけでなく日頃から患者さん本人が治療・リハビリに取り組むことで、疾患進行の抑制や、症状の急激な悪化(増悪)の予防が可能です。そのため、病気を正しく理解し禁煙をはじめとする自己管理を行うこと、つまり「セルフマネジメント」がCOPD治療の重要なポイントとなります。長年の習慣を変えることは容易ではありませんが、患者さん自身の取り組みと努力次第で、快適な生活を維持していくことができます。実際にCOPD治療におけるセルフマネジメントで、健康関連QOLの改善や入院回数が減少するといった効果が認められています。セルフマネジメントの具体的な内容としては、禁煙をはじめとし、毎日の規則的な薬物治療に加え、栄養管理、適切な運動・睡眠、感染予防対策などがあります。

日本のCOPD治療における問題

セルフマネジメントはさまざまな効用をもたらしますが、その普及には現在いくつかの課題を抱えています。まず挙げられるのが、リハビリ施設の不足や指導者不足です。食事や運動などは自己流に行うこともできますが、自己の病状に適した栄養管理や運動療法を専門家の指導のもとに行う方が効果的です。つい無理をして運動を頑張りすぎる患者さんも多く、休息が必要となる場合もあるためです。近年、小児科医や産婦人科医の人手不足が懸念されていますが、実は呼吸器内科の専門医も不足しています。医師の治療方針のもと理学療法士や看護師がリハビリの継続指導などを行っています。医師が増えることにより、リハビリができる施設も増加する可能性があります。

若林先生はさらに、セルフマネジメントが治療の一貫であるという認識が低い点もCOPDのセルフマネジメントの普及を妨げる要因の一つになっているといいます。
「患者さんや医療者の意識改革をするために、セルフマネジメントの効果を示す研究データをアピールしていくことが一つの方法だと考えています。加えて、現在、セルフマネジメントの指導に対する診療報酬の支払い導入に向けて申請に注力しているところです。診療報酬が認められれば、多忙な医療現場でも医療者が患者さんへのサポートに力を入れやすくなるのではないかと期待しています」

セルフマネジメント教育のために考え抜かれた冊子

若林先生は、日本のCOPDにおける患者教育をより良い形にしていこうと、2011年にカナダに留学しました。日本では当時、患者さんに対するCOPDのセルフマネジメント教育に、病院やかかりつけ医、訪問看護師などがすべて違う教育資料を使用し、さまざまな教育資料が使用されていました。一方カナダでは、カナダのジャン・ボルボー医師が作成したセルフマネジメント教育プログラム“Living Well with COPD”を病院、かかりつけ医、訪問看護師がすべて共通で使用していました。そうすることで、患者さんの利用施設が替わっても、教育資料は同じものが使用されていることから、患者さんは混乱することなく一貫したセルフマネジメント教育を受けることができます。日本においてもこのような一貫した教育資料を使用したいと思い、オリジナルを現地で学ぶことにしました。

若林先生は帰国後、医師や認定看護師と協働で、COPD患者さん用のセルフマネジメント教育冊子を作成しました。冊子はLiving Well with COPDの内容を日本の生活習慣に合うよう修正したほか、冊子で使用するイラストのタッチにも日本で受け入れやすいものになるよう、日本の患者さんや医療者の意見を聞きながら作られています。また、どの医療者も同じように教育できるよう医療者用の冊子も作成しています。これらのツールを用いることによって患者さんが病状によって、かかりつけ医、病院のどちらを受診しても混乱する心配が無く、また、病院や訪問看護師などから提供されるセルフマネジメント教育の質が担保されることが期待できます。
冊子は患者さんが一人で読んでもわかりやすいよう、必要なセルフマネジメント方法について細かく具体的な説明が記載されています。
「患者さんが治療のために病院にいるのは、人生のうちとても短い時間であり、病気とともに過ごす場となるのは、ほとんどが家です。だからこそ、医師や看護師がそばにいなくても、自分自身で取り組めるよう工夫をしています。」(若林先生)

これからの時代に合わせたアプリの設計・開発

現在、若林先生が冊子を発展させる形で新たに取り組んでいるのが、セルフマネジメントを効率的・効果的に継続するためのアプリ開発です。アプリの機能はいたってシンプルで、高齢の方でも使いやすいユーザーインタフェースになっています。
アプリの特徴としては、まず、従来の冊子通り、セルフマネジメントの項目を患者自身でチェックできること。2点目に、従来はアナログでつけてもらっていた「療養日誌」をデジタル化し、さらに患者のセルフモニタリングで書き込まれる内容や頻度によって症状悪化の可能性を判断して受診を勧めるメッセージや応援メッセージを送る機能が付与されています。そして、「自信度アンケート」の入力機能。セルフマネジメントを実施していくのに、どのくらい自信があるかを振り返ることで、患者のモチベーションを維持する支援をし、持続的なセルフマネジメントにつなげる工夫がなされています。

人によるケアとアプリを併用し、より円滑なセルフマネジメントを目指す

現在、アプリは臨床試験の段階に進んでいます。アプリ開発は試行錯誤の連続で、若林先生を含め現場に関わる人たちが手探りで作っていったため、アイコンを手書きで作成したり、メッセージを話し合いながら作成したりといった地道な作業もあったといいます。ですが、「現場の人間が作るからこそ、現場に寄り添った形にできたと自負しています。」と若林先生は力を込めます。アプリの実用化により、大変なセルフマネジメントがより簡単に、より効果的に取り組めるようになると期待される一方で、人にしかできないケアもあると言います。それは、「医療者が患者さんと一緒にゴールを設定し、治療の意欲を維持すること。治療を始める際には『患者さん自身がどうなりたいか』をヒアリングし、目指したいゴールに沿った支援を行うよう心掛けてきました。何のためのセルフマネジメントなのかを明確にし、『この項目を頑張ったら、きっと楽しく散歩ができるようになりますよ』といったようにロードマップを一緒に作成することで、目的意識を持ってセルフマネジメントが継続しやすくなります」と若林先生。今後、人によるケアとアプリを並行して活用することで、セルフマネジメントが楽しくなり、患者さんの生活がより良くなることが期待されます。

≪関連記事≫「患者さんのセルフマネジメント教育を支援する 世界初!双方向性ルールベースアプリ」
https://goodhealth.juntendo.ac.jp/pickup/000059.html

Profile

若林 律子 WAKABAYASHI Ritsuko
順天堂大学医療看護学部・大学院医療看護学研究科 教授

博士(日本医科大学)。東海大学健康科学部准教授、関東学院大学看護学部准教授、順天堂大学大学院医療看護学研究科先任准教授等を経て、2022年度より現職。慢性閉塞性肺疾患、セルフマネジメントなどの研究に従事。欧州呼吸器学会、米国胸部疾患学会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会、日本看護科学学会に所属。

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