SPORTS

2020.02.17

ひとりでも多くの選手をケガから守るために―― 予防医学を現場へ広めるスポーツドクターの挑戦

順天堂大学医学部整形外科学講座の齋田良知准教授はジェフユナイテッド千葉や女子サッカー日本代表(なでしこジャパン)のチームドクターを務め、イタリアの名門サッカークラブ・ACミランに1年間留学した経験を持つスポーツドクターです。現在は「いわきFC」のチームドクターを務めるとともに、スポーツ外傷・障害の予防医学を広めるため、一般社団法人日本スポーツ外傷・障害予防協会(JSIPA)を設立。ケガの予防法を広めるため精力的に啓発活動を続けています。

ケガをした後では遅い。ケガの予防法を広めたい!

スポーツドクターの活動全般について語ったインタビューから、1年あまりが経過し、私の活動内容も大きく拡がりました。今回は現在、力を入れている取り組みについて、お話をしたいと思います。
2018年、福島県いわき市に一般社団法人日本スポーツ外傷・障害予防協会(JSIPA)を設立しました。このJSIPAでは、ケガに苦しむ選手や子どもたちを減らすため、スポーツにおけるケガの予防法を地域へ広めることを目指しています。

 

これまで長くスポーツドクターとして活動してきて感じるのは、私たちメディカルスタッフが選手に深く関われるのは、「ケガをした後」だということ。例えば前十字靭帯についても、「こういう動作をすると切れやすい」「こんなトレーニングをすればケガを予防できる」という知識は、医療関係者の間では何十年も蓄積されているものですが、現場の指導者や学校の先生、保護者へ聞いてみると、実はご存じでない場合が多いのです。そこで、予防医療の専門知識を地域に浸透させ、選手の近くで接する人にケガの予防法を伝えたいと考え、協会を立ち上げました。

「ケガをさせない」ための予防法を地域の指導者や保護者へ

現場で選手や子どもたちに関わる方に知っていただきたいのは、「ケガの最大のリスクファクターは、ケガの受傷歴である」ということ。つまり、一度肉離れを起こした選手は、同じ箇所の肉離れを繰り返しがちですし、一度膝の靭帯を傷めた選手は、その後も靭帯損傷を繰り返しやすくなります。そして再発の予防も大切ですが、もっとも重要なのは「1回目のケガをさせない」こと。そこで今は協会を通じて、「ケガをさせない」ための予防医学の啓発活動を続けています。

 

2018年から毎年開催している「スポーツ外傷・障害予防研究会」には、これまで医師をはじめ、トレーナーや指導者、学校の先生、選手、保護者など多くの方々に参加いただきましたが、なかには遠く鹿児島県から参加された方もおられて。「鹿児島でも同様の活動を始めたい」と力強くおっしゃっていたので、協会もぜひサポートしたいと考えています。
こうした活動を積極的に展開することで、「ケガをする前に」予防する重要性を広めていくことが私の願い。私たち医師や理学療法士が勤務する医療機関は、選手がケガをしてから来るところ。しかも、私たちはケガをする前の選手の状態を知りません。いくら予防知識を持っていても、現場に落とし込まないと意味がないのです。

高校生サッカー選手を対象とした疲労骨折(Jones骨折)検診で講演する齋田先生
いわき市サッカー協会に登録した中学生に向けてケガ予防の重要性を説明(左奥が齋田先生)

いわきFCのJFL昇格を実現させた「トレーニングの個別化」

このような考え方からケガ予防に取り組んできたのが、私がチームドクターを務める「いわきFC」です。いわきFCは2020年より日本フットボールリーグ(JFL)に昇格が決定しましたが、躍進の裏にはチームを挙げた「トレーニングの個別化」の取り組みがあると考えています。
一般的に、チームスポーツは全員が同じトレーニングをするもの。しかし、メンバーにはケガをしている人もいれば、疲労が溜まっている人もいます。また、栄養状態や遺伝子も一人一人異なります。その彼らに、すべて同じトレーニングを課していたのが、従来のやり方でした。そこで、スクリーニングとモニタリングに力を入れたのが、いわきFCです。

 

その一例が、選手へのウェアラブル端末の装着。心拍数・走行速度・走行距離・加速度・トップスピードなどのデータを個々の選手から収集して、メディカルスタッフも評価できるようにしました。その結果、例えばハムストリングに負荷がかかっていると思われる選手には、スプリント回数を減らしたトレーニングを個別に提示するなどということが可能に。その他にも、定期的な採血による栄養状態の評価や、筋肥大に関与する遺伝子タイプなどを行い、収集したデータをもとにトレーニングをモデル化していくと、伸びる選手はどんどん伸びますし、ケガをしやすい選手のケガを予防することもできます。それが「トレーニングの個別化」です。

 

これまではフィジカルコーチが選手を鍛え、テクニカルコーチが選び、ケガをしたらメディカルスタッフが診ていましたが、いわきFCではフィジカル・テクニカル・メディカルの各コーチが一体として選手に関わります。メディカルスタッフはケガをする前から選手をよく知り、ケガをしづらいトレーニングを用意。各選手のウィークポイントがわかれば強化できるトレーニングを勧め、長所を伸ばしていくことでよりチーム力が上がり、監督がやりたいサッカーに近づけることができます。そのために必要な体力づくりとパフォーマンス向上に一体となって取り組んでいます。

いわきFCのチームドクターとして活躍する齋田先生(右から2番目)

スポーツ専門クリニックで若手スポーツドクターを育成

さらにいわきFCでは、クラブハウス内に「いわきFCクリニック」を開業。私はその院長も務めています。
試合が多い週末には、選手や子どもたちのケガも増える傾向があります。しかし、週末開院している病院は少なく、子どもたちは平日学校があるため、なかなか病院へ行くことができません。そこで「日曜日だけ開院する、スポーツに特化した診療所を」と考えて、創設したのが「いわきFCクリニック」です。クリニックの隣には「いわきFCリカバリーステーション」があり、トレーナー(柔道整復師や鍼灸師)が常駐します。その結果、平日は柔道整復師や鍼灸師の先生が施術し、日曜はスポーツドクターが診察するというシームレスな連携が可能になりました。

 

この毎週日曜日の診察は、順天堂の若手スポーツドクターが交代で担当しています。また、クリニックでは、若手の経験不足を補うために「オンライン・コンサルテーションシステム」を導入。患者さんの了解を得たうえで、日本スポーツ協会公認ドクターがライブ映像を通して診察の様子を見ることができるようになりました。これにより、彼らと現場のドクターがディスカッションしながら、治療方針を決定できるようになっています。

 
この取り組みは地域医療への貢献はもちろん、若手スポーツドクターの教育・育成の場として大きな力を発揮しています。現在、スポーツドクターになりたいと思っている若手医師は少なくありません。だからこそ、私たちも多くの後進をしっかり育てていきたいと思っています。
私の次の夢は、スタジアムにメディカルセンターを併設すること。イタリアのユヴェントス・スタジアムには、一般の方まで対象にした総合病院が併設されています。世界では決して珍しいことではありませんので、日本でもできると私は信じています。

Profile

齋田 良知 SAITA Yoshitomo
順天堂大学医学部整形外科学講座 准教授

順天堂大学医学部を卒業後、順天堂大学整形外科・スポーツ診療科に入局。自身もサッカー経験があることから、サッカーを中心とした豊富なスポーツドクター歴を持つ。女子サッカー日本代表(なでしこジャパン)のチームドクターを務め、2015年にはイタリアのサッカークラブACミランに帯同した。2018年現在いわきFCのチームドクターを務める。2018年、一般社団法人日本スポーツ外傷・障害予防協会を設立し、代表理事に就任。

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