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2025.10.07
フレイルの早期発見で、いくつになっても元気に!~在宅医療を支える看護師を育成~

近年、高齢者の要介護状態の前段階である「フレイル」に注目が集まっています。フレイルとは加齢による身体的、精神的、社会的に衰えた状態をいいますが、早期に介入することで予防が可能です。保健看護学部の藤尾祐子教授は、在宅や介護施設で高齢者看護に従事してきた経験から「生活機能」に着目したフレイル研究を進め、自身の経験を学生に伝えながら看護師の育成にも尽力しています。今後ますます需要の高まる「在宅看護」と「高齢者看護」を専門とする藤尾教授にお話しを伺いました。
「生活機能」に着目したフレイル評価を研究
――藤尾先生が現在取り組んでいるのは、どのような研究ですか。
現在最も力を入れているのは、高齢者自身が自分の生活機能を評価して、フレイルの状態であると気づくことを目的とした研究です。フレイルの評価基準としては、一般的に体重減少、疲れやすさ、活動量の低下、歩行速度の低下、握力の低下という5つの項目が用いられており、世界でも研究が進められていますが、有効な評価基準の確立には至っておらず、自身での評価は困難です。対して、「階段を降りることが少し怖くなった」「むせやすくなった」などの身近な生活の変化であれば、自身でも気付きやすく、医療者でなくても評価可能です。私の研究では、日常生活の中での変化に気付くような質問表の作成や、行動変容につながるアプリの開発などに取り組んでいます。

――実際、どんな取り組みが行われているのでしょうか。
AIやデジタルデバイスを活用して高齢者がフレイルを自己評価する、アプリ用のシステムを開発しています。開発に向けて、要介護状態と認定されていない高齢者174名を対象に、AIアプリによる表情試験、AIチャットボットとの会話試験、日本で開発された包括的フレイル評価の基本チェックリスト、オーラル(口腔)フレイル、アイ(目)フレイルの質問紙調査を実施しました。調査の結果、対象者の約8割が基本チェックリストにおいてプレフレイルまたはフレイルと評価され、身体的フレイル、オーラルフレイル、アイフレイルと合わせた評価においても約3割がプレフレイルまたはフレイルでした。つまり、現在は健康とされていても、高齢者は将来要介護化するリスクを抱えているということです。将来的には、フレイルのリスクを評価してアラートを発するだけでなく、外出機会が減っている高齢者に対して「お住まいの地域のこんなところに行ってみませんか」と誘導するなど、行動変容を促すAIアプリを開発できればと考えています。

――保健看護学部は静岡県の三島キャンパスにありますが、三島キャンパスならではの取り組みはありますか。
2025年度からスタートした研究プロジェクトに「高齢者自身の生活評価による要介護化早期発見ICT『三島モデル』の開発」があります。三島市周辺を実証フィールドとして、先に紹介した認知症早期診断のためのAIアプリとフレイル評価の質問紙調査にどれくらい相関があるか調べ、未だ確立されていないフレイル評価基準を確立することが目的です。そして、高齢者のフレイルを早期に発見し、栄養と運動の介入によって要介護を防止することを目指します。プロジェクトは立ち上がったばかりですが、伊豆半島の付け根に位置する三島キャンパスならではの取り組みとして、順天堂静岡病院や地域の医療機関との連携を進め、伊豆半島の皆さんの健康に貢献したいと考えています。

臨床現場で「栄養」「活動量」の重要性を実感
――フレイルのほか「栄養」に関する研究にも携わってこられたようですが、どのようなきっかけで栄養に着目するようになったのでしょうか。
教員になる前は、長年にわたって訪問看護師や介護施設の看護師として、急性期病院から退院してきた高齢者の看護にあたっていました。当時、介護施設に入所してくる方の多くがすごく痩せているのが気になっていました。それがきっかけで、その後は「低栄養と心身機能の自立性には関係があるのではないか」という仮説を立てて患者さんと接するようになりました。以降は定期的に体重測定をしてBMIの変化を調べたり、肝臓機能や栄養状態などを示すアルブミン値を測定するなど、栄養を重視した看護を実践しました。大学院に通い始めてからは、栄養のほか、水分摂取量、活動量にも意識を向けて、フレイルへの影響を調べたり、低栄養を改善して介護重度化を予防するための多職種連携ICTプログラムの開発に取り組んできました。そうして積極的に低栄養を改善して、活動量を高めた結果、明らかに認知機能や身体機能が上がることがわかりました。
――介護や在宅の現場で看護師として働く中で、栄養の重要性を実感していたのですね。
私がいた施設では、転倒・骨折、脳梗塞などの疾患により心身の機能が低下した高齢者をお預かりして、住み慣れた自宅で家族と暮らせるように、機能を改善した上で在宅に戻ることを目指して自立支援を行っていました。そのためには、低栄養の状態にいち早く見つけ、管理栄養士と連携して食事内容を工夫しながら、少しずつ栄養状態を改善していきます。並行して、車椅子の人は立てるように、歩行器を使っても1歩でも2歩でも歩けるようにと、活動量を増やしていくと、在宅に戻れる可能性が高まります。

栄養や活動量の改善は認知症の高齢者にとっても非常に重要で、水分を含む栄養・活動量にフォーカスした取り組みによって、徘徊や興奮・暴力・うつなどの重度の認知症症状はかなり改善されます。しかし、認知症そのものが良くなるわけではないので、もの忘れなどはありますが、穏やかに過ごせるので家族も一緒に暮らしやすくなります。その場合もずっと一緒に暮らすとは決めずに、デイサービスやデイケアのフォローを受けながら3カ月だけ在宅で暮らすことにして、真夏や真冬など介護が難しい時期は施設で預かる、というように家族も無理せずに在宅でできる方法を探っていました。
在宅・高齢者看護の充実のため教育・研究の道へ
――高齢者看護や在宅看護に興味を持ったのはなぜですか。
看護師になってから数年間は、高度急性期病院の脳神経内科・腎臓内科の入院病棟や救命救急センターで働いていました。脳神経内科や救命救急センターでは危険な状態にある人の命を救うことに尽力しますが、重い後遺症が残ってしまうこともあり、元の状態に戻れない状態でリハビリ病院や療養病床に転院しなければなりません。中には、そのような状態で自宅に戻って介護を受ける方もいます。まだ訪問看護制度のない時代でしたが、私が勤めていた病院には在宅の患者さんと家族をサポートするための訪問看護室があり、その頃から在宅医療に興味を持っていました。急性期病院で救命された後の患者さんたちが自宅に戻って、どんな暮らしをしているか、ご家族は大変ではないのか気になっていたので、新しい環境で働くことになったら、在宅看護の仕事をしてみたいと思ってました。そのため、先ほど話したように、自宅に戻ることを前提とした介護施設に勤務したり、在宅看護師として働きました。

――その後、どのような経緯で研究や教育をするようになったのですか。
栄養や活動に介入することで患者さんの症状が良くなるのは明らかでしたが、「だから、がんばろう」というだけでは、現場で働くスタッフたちはついてきてくれません。幸いにも私が働いていた施設では、患者さんたちの「表情がしっかりしてきた」「笑顔が戻ってきた」「歩けるようになった」「トイレで排泄ができるようになった」という日々の変化をモチベーションとして、自立支援をサポートしてくれるスタッフが揃っていました。しかし、多くの施設で同じように質の高い看護を行うには、水分摂取量やBMI、アルブミン値などの定量的なデータで示し、「あなたたちがやっていることは、きちんとした科学的根拠に裏付けられた正しいケアなんですよ」と伝える必要があります。そこで、長く勤めていた施設を辞めて看護師を育成する教員になることを決め、大学院に入学しました。
大学院に入学後は、フレイルをテーマとした研究に取り組み始めました。その研究を進める中で、フレイルに早く気付き、栄養や運動の介入を行うことで状態が改善して要介護になることが防げるという研究結果を数多く目にして、看護師として臨床現場で自分がやってきたことは間違いではなかったとわかったのは嬉しかったですね。
病院から在宅までの流れを学べる看護教育を実践
――学生たちへの教育で大切にしていることはなんですか。
講義だけではわかりにくい内容も多いので、実習を通じて理解を深めてもらうことを大切にしています。在宅看護の実習では、訪問看護だけでなく、病院の地域医療連携室の入退院支援を経験できるようなカリキュラムを組んでいます。入院時から在宅までの一連の流れを知ってもらうのが狙いで、学生たちは考えが柔軟なので、実習を通じて「入院から在宅までつながっているんですね」と理解してくれますし、退院後を見据えて病棟でやるべきことを考えるようになります。入院している期間は、患者さんの人生のほんの一部分でしかありません。病棟の看護師だからといって入院中だけを見て看護するのではなく、入院前の生活がどうだったかを知り、退院後はどんな暮らしに戻してあげられるかを考えられる看護師になってほしいと伝えて、送り出すようにしています。

――将来の看護や医療のために、これから取り組みたいのはどんなことですか。
高度急性期病院に勤めていたときはバブル期で、人の命を一分でも一秒でも長くする医療が求められましたが、高齢化が進むにつれて本当に一命をとりとめるだけの医療でいいのかが問われ、病気や障害とともに生きることも考えなければいけなくなりました。また、世帯構造の変化により独居世帯が急激に増加しているため、住まいのあり方も多様化しています。そこに少子高齢化を背景とする社会保障費の問題が加わり、医療機関から在宅医療へと臨床現場も移り変わろうとしています。そのとき地域包括ケアの中核を担うのが、在宅医療や在宅看護です。順天堂大学保健看護学部では地域包括ケアに対応できる看護職を育てていくとともに、活動の根拠を示すための研究も進める必要がありますし、少しでも私の経験を伝えていきたいと思います。さらに、地域や分野の枠組みを越えて連携するための仕組みとして、DXの利活用も不可欠になるでしょう。人でなければできないこと、AIなどのデジタル技術に頼れることを見極めながら、デジタルヒューマンサービス(デジタル技術を活用した人間中心のサービス)をどのように利活用するのかといったことも研究し、教育にも落とし込んでいきたいと思います。