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2026.02.26

人の紡ぎ出す「意味」を紐解くコミュニケーション学~「がん」をめぐる社会関係~

私たちが普段何気なく交わしている会話や行動は、さまざまな「意味」共有をめぐる一過程です。その「意味」はどのように生まれるのか。実際の会話や現場の観察からその過程を解き明かすのが、国際教養学部の岡部大祐准教授です。異文化コミュニケーションを対象とする中で、がんをめぐる社会関係に着目した研究を進めている岡部准教授にお話を伺いました。

言語や国籍だけではない異文化コミュニケーションの世界

――岡部先生の専門であるコミュニケーション学について教えてください。
コミュニケーション学にも多様なアプローチがあるため、一言で語ることは躊躇しますが、誤解を恐れずに簡単に言うと、ことばや身振りなどの媒介物(シンボル)を通じて、人間がどのように「意味」を作り出しているのか、その過程を研究する学問分野だといえます。意味を付与されるシンボルは言語のみならず、服装、身振り手振り、空間配置、においなど、一見「コミュニケーション」と考えられていないものも含まれます。

岡部 准教授

研究範囲は、スピーチ・コミュニケーション(聞き手に理解・納得・行動を促すための双方向の対話)から、マスメディアやSNSのような比較的新しい媒体によるコミュニケーションまで大変幅広いです。分析単位もさまざまで、自分の中に他者としての自分を想定して対話を行う個人内(intrapersonal)の研究から、大衆へ向けた(public、mass)コミュニケーションなど多岐にわたります。また、コミュニケーション学では人間同士のコミュニケーションに限定されず、人間と動物、最近では人間とAIのコミュニケーションも研究されています。私はこのコミュニケーション学を軸に各研究を展開しています。

――コミュニケーション研究は、どのような手法で行うのでしょうか。
研究対象に応じて様々な手法が使われています。いわゆる質問紙調査や実験法の研究もありますし、実際の会話を録音・録画したり、現場に行って観察したりすることもあります。 私自身は、例えば、会話の中で人々がどうやって自分の立場を確立したり、相手と理解し合ったりしているのかを微細に分析する、「ディスコース分析」を主に用いて研究をしています。人が作り上げる社会関係は、意識に上らないレベルの微細な動きから形成され、人間関係の微妙な「空気感」やなんとなく感じる違和感はただ見ているだけではわかりません。例えるなら細菌は肉眼では見えずとも、顕微鏡を使えば見えるようになるのと同じように、コミュニケーション研究では、コミュニケーション学の理論や概念を用いることで、確かにそこに生じていながらも、見過ごされている人と人とのコミュニケーションの過程を紐解いています。

――その中でも異文化コミュニケーション学はどのような分野なのでしょうか。
異文化コミュニケーション学と聞くと、外国語での会話、外国人と関わるコミュニケーションをイメージする人が多いと思います。もちろん間違いではなく、広義ではコミュニケーション学の範疇だと考えられます。ただ、発生や発展を見ると学問としてはもっと奥深いことがわかります。

学問としての異文化コミュニケーションの発生・発展は、第2次世界大戦後に遡ります。戦後米国が世界中でビジネスや国際援助を行う中で、文化的な齟齬による失敗が多発したことで、外交官や外国勤務者のための実用的な研修プログラムが必要となり、問題解決に着手したことがきっかけです。今や学問を超えても知られる「低コンテクスト文化*¹/高コンテクスト文化*²」の提唱者である米国の文化人類学者であるエドワード・T・ホール氏をきっかけに学問分野として発展したといわれています。20世紀後半には、国を単位としたコミュニケーションの特徴やそれによって生じるコミュニケーション上の齟齬(異国籍コミュニケーション)を扱う比較文化的研究が盛んに行われました。2000年以降になると、「日本人はこうだ」「この国の人はこうだ」と一括りにするような、文化を固定的に捉えることに対する批判的な研究もなされるようになりました。

 

*¹低コンテクスト文化…ことばに重きを置き、背景情報に頼らない直接的で明快なコミュニケーションのスタイルが優勢な文化
*²高コンテクスト文化…「空気を読む」など、ことば以外の背景情報の意味に重きを置くコミュニケーションのスタイルが優勢な文化

ことばが通じること(語学力)と、コミュニケーションがうまくいくことは別物で、その背景には、文化、社会的背景など様々な要因が考えられます。異文化コミュニケーション学は、当初より学問分野を超えて知見を取り入れて発展しており、現在も心理学、言語学、情報科学など多様な学問の知見を取り入れながら、成熟を続けています。

「がん」という病気に付与された会話の中での強力なパワー

――がんをめぐる社会関係に着目した研究について教えてください。
長年取り組んでいるのが「病いの語りのアイデンティティ・ワーク」です。病気を患うこと、病気の他者を支えることといった健康と病いについての語りをコミュニケーション学の視点から捉え、語りの相互行為的側面に注目して分析する研究に取り組んできました。この研究から派生したのが、「がん啓発イベントのディスコース」です。ディスコースは差し当たり、ものごとをの語る際のことばの使用と言っておきます。私はイベントの場をがんや健康をめぐるさまざまなディスコースが展開する場として捉え、そこで交わされることばや人々の様子を観察(参与観察)したり、インタビューをしたりして、ディスコース分析を行ってきました。

――具体的にどのようなものでしょうか。
みなさんも、会話の中で「がん」ということばが特別な意味を持つと感じたことはあるかもしれません。 例えば、誰かに何かを命令されたとき、何かの予定があって断りたいときに「でも明日がんになるかもしれないし」と冗談半分で返す場面があったとします。なぜこれが断るという行為(あるいはそれを補強する行為)になりうるのか、その理由は「がん」ということばが、そこに特別な「重み」や「悪い予兆」という意味が共有されているからです。かなり大雑把な例ではありますが、そのような現実の会話を分析していきます。

実際に私が携わったがん啓発イベントでは、がん患者がそうでない人に対して「あなたはがんになった人の気持ちなどわからない」と発言し、険悪な雰囲気になったことがありました。それを言われた相手は反論ができません。このとき、「がん」ということばは、相手を黙らせるための「切り札」として使われたことになります。例えば、これが「ただの風邪」だったら、同じような効力を発揮するかを考えてみるといいかもしれません。そのような使われ方が成り立つということから、「がん」の文化的な意味が見えてきます。このようにして得られる文化的「意味」は、例えば、質問紙調査で「がんに悪いイメージがありますか」といった項目で人が回答するものとは必ずしも一致しません。コミュニケーションの過程から分析する病気の意味は意識にのぼりにくく、それが、がんやその他の病気や障がいなどに対する偏見が残り続ける現実の一端を示していると考えています。

人間のコミュニケーションは常に変化していくものではありますが、この研究ではその変化の中で文化的意味が生まれて再確認されていくプロセスを捉えます。それによって次に何が起きるのかを読み解き、そこにあるルールを見出し、合理的な説明を組み立てていく、という研究を行っています。

――コミュニケーション研究でがんをテーマにしようと思ったのはなぜですか。

実は、私自身が大学院生のときにがんを患ったからです。イギリス留学を検討していた矢先のことで、治療のために留学も断念せざるを得ませんでした。幸い治療で治りましたが、自分が「がん患者」であることを告げると、相手がことばに詰まったり、気まずそうにしたりするのを肌で感じました。たとえ病気が治っても、「元がん患者」というレッテルを貼られる現実もありました。この経験から、病気が人々のやりとりの中でどんな「意味」を持つのか、そのメカニズムを解明したいと考えるようになったのです。

医師のサポートや、新しい知を生む「縁側」の研究

――ほかに取り組んでいる研究があれば教えてください。
こちらは着手したばかりですが、コミュニケーション学の立場から研修医などの初期医療者の離職や休職を防ぐための研究に取り組んでいます。医師、薬剤師、コミュニケーション学者のチームで、プロトタイプ版の学習動画を作成し試行中です。コミュニケーションを基礎から学ぶ内容で、軋轢を生み、感情的なもつれにつながる原因を知り、どのように伝えれば良いのかを考えていきます。がん患者として治療を受けて以来、医療専門職の方々の真摯なケアに救われたという思いをずっと持ち続けています。コミュニケーション学という知見を何らかの形で、医療という場に還元できればと思い取り組んでいます。

――「新しい知を生む「縁側」の研究とは、どのような研究ですか。
私が所属する多文化関係学会という文化の関係を探究する学会の活動の中で、学会研究者と共に学際研究を発展させる仕組みとして発展させてきたのが「縁側」知という考えです。家の中にありながら外と接した曖昧な空間である「縁側」は、日本建築文化のひとつで、近所の人がふらりと立ち寄って無駄話をしたり、家族が夕涼みをしたり、多目的であり無目的な場でもあります。その場で生み出される知識、すなわち「縁側」知です。この独特の文化である「縁側」(知識生成の場)とその場で生み出される「縁側」知をコミュニケーションの視点から理論的に考察し、発展させることに取り組んでいます。学問の世界でも、専門家同士がこの「縁側」のように自由に語り合うことで、新しい知識(「縁側」知)が生まれるのではないかと考えていますし、雑談のように見えても、そこから新しい研究の種が生まれることを期待しています。

――これらの研究は、どのように社会や人々の生活に還元されていますか。
なかなか社会的還元まで到達できていないというのが現状ですが、前述の最近着手した新人医療者に向けたコミュニケーション学的支援の研究では、人材難やそれに伴う現場教育の難しさに直面する医療者を支援し、社会資源として持続可能で質の高い医療の実現にわずかばかりでも貢献していければと考えています。また、教育という場を通じて、異文化やコミュニケーションのダイナミックな側面や、病気を生きるといったことの複雑性を理解する方法を伝えたり、複雑なものを矮小化せずに丁寧に考えていく姿勢を新しい世代に継承していったりという点に日々務めています。順天堂大学国際教養学部では、異文化コミュニケーションや健康の観点からグローバルな視点で課題に向きあい、世界課題の解決の糸口をつかむ人材を育成します。

国際教養学部で私は「コミュニケーション・デザイン論」「異文化コミュニケーション論」「異文化コミュニケーションを読み解く」等の科目を担当しており、授業・ゼミのモットーは‘‘半径3.5mから世界を変える‘‘です。その意味するところは、身近なところに自分の理解を超えた出来事は溢れています。それらに気づき、観察する感受性を育むこと。そして、必ずしも「大きな」社会貢献を目指さずとも、ちょっとした不自由さや痛みを抱えた人(それは自分も含めて)に心を配り、手の届く範囲から行動を起こしていくこと。やや楽観的に過ぎるかもしれませんし、知らず知らずに独善的にならない慎重さも必要であると付言した上で、このような学びを経た人が世界に少しでも増えていくことで、その人たちに関わる人たちが少しだけ救われるかもしれません。その積み重ねが世界を変える力となると信じます。

――この分野を目指す学生にメッセージをお願いします。

「丁寧に観察し、丁寧に考える」ということを少しずつでも取り組んでほしいと思います。成果でも政策でも指標でも何でもいいのですが、「わかりやすいもの」として単純化されたのは誰のためなのか、それによって不可視になるものは何なのか、そういった物事の背景などを丁寧に考えられる知的体力を身につけてもらいたいと考えています。コミュニケーションという「あたりまえ過ぎる」ことを考えることは、まさにそのような体力を育むことにつながると考えています。先端技術の先にある未来が自分たちの生きたい社会であるのか、生き生きとした生活があるのかを想像し、考え、行動できる人が、今まさに必要だと思います。

Profile

岡部 大祐 Okabe Daisuke
順天堂大学国際教養学部国際教養学科 准教授
2014年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科国際コミュニケーション専攻博士後期課程修了。博士(国際コミュニケーション)。順天堂大学国際教養学部助教、講師を経て、2025年より現職。同大学院国際教養学研究科グローバルコミュニケーション研究領域 准教授兼任。主な研究分野は、コミュニケーション論(ヘルス・コミュニケーション/異文化コミュニケーション)、談話社会心理学、社会言語学、質的研究法。著書に「「縁側」知の生成にむけて」…(編集)(明石書店出版)、「グラウンデッド・セオリーの構築[第2版]」…(監訳)(ナカニシヤ出版)、「異文化コミュニケーション・トレーニング—「異」と共に成長する」… (共著)(三修社出版)などがある。

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