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2025.12.19

世界基準の小児外科手術を実践~子どもたちの未来を考える順天堂小児外科~

順天堂小児外科 (小児外科・小児泌尿生殖器外科/小児外科学講座)は、2017年には小児外科として日本初のロボット手術を導入するなど、低侵襲手術にも注力し、年間手術総数は1000件を超えています。また、日本で初めての小児外科専門診療科/小児外科学教室として設立され、先天性疾患、消化器、呼吸器、泌尿器、腫瘍などのさまざまな疾患に対して高度な医療を提供してきました。常により良い治療を追求し続ける小児外科治療や講座の運営について、主任教授の宮野剛先生にお話を伺いました。

順天堂小児外科の外科的治療

――順天堂小児外科ではどのような疾患の治療を行っていますか。
頭部、心臓、整形外科領域以外の全てが対象で、首、胸、おなかのほか、泌尿器・生殖器の治療も行っているのが順天堂小児外科の特徴です。それらの疾患の中でも、低侵襲手術/高低難度手術を必要とする疾患や、ほかの医療施設では治療実績が少ない複雑な手術を多く行っていることは私たちの特徴の1つです。小児外科の対象となる疾患はどれも患者数が少なく、年間1、2件しか症例がないような疾患もあります。そういった希少疾患が何十種類もあり、私たち小児外科医はどんな珍しい疾患でも全力で治療する必要があります。それが子どもたちの未来につながることを目指して日々治療にあたっています。

宮野剛主任教授

――医療が発展してもなお、治療に難渋するのはどのような疾患ですか。
代表的な疾患は、先天性食道閉鎖症の中でも気管と食道がつながっていないA型食道閉鎖、消化管のぜん動に必要な神経細胞が欠如している全結腸型ヒルシュスプルング病です。これらの病気はまだ有効な術式が確立されていないため、極めて治療が難しいのが現状です。当院でもかなり症例数が少なく、なかなか有効な治療法が見つからないため、QOLを向上させるための手術を行いつつ、より良い治療法を探っているところです。

――病気が多彩なだけでなく、患者さんの年齢層が幅広いことでも難しさはありますか。
当院では、先天性疾患をもって産まれてきた新生児の手術を数多く行っています。疾患によっては成人後、50歳、60歳まで診ている患者さんもいます。成人診療科に引き継ぐこともできますが、できる限り自分たちで責任をもって診ていきたいという気持ちが強いです。例えば、胆道拡張症などは手術した部位にがんができる恐れがあるので、定期的にチェックしていかなければいけません。あるいは、直腸や肛門など排便機能に関わる病気は手術で治せる範囲に限界があり、そういう患者さんのQOLが少しでも改善するよう、管理指導などを行うことも私たちの仕事だと思っています。

――院内のほかの診療科とのつながりはどうですか。
産科や新生児科といった周産期の診療科はもちろん、成人診療科とも強固に連携しながら治療を進めています。小児外科での肺切除、肝切除、特殊腫瘍切除などではそれぞれ成人診療科の医師にお願いして、術前に相談したり、一緒に手術室に入ってもらったりすることもあります。また、当院には「小児医療センター」があり、多診療科・多職種が連携し、あらゆる小児の疾患を診療しています。そのような連携は順天堂医院の強みです。

小児医療センターの様子①
小児医療センターの様子②

小児への低侵襲手術やロボット手術のパイオニア

――小児に対する低侵襲手術とはどのようなものですか。
体に小さな穴を開けてそこからカメラや鉗子(かんし)*1を挿入して行う胸腔鏡手術や腹腔鏡手術、またはダヴィンチを使ったロボット支援下手術のことです。低侵襲手術は成人よりかなり遅れて小児でも行われるようになり、小さい子どもから赤ちゃんへというように、徐々により難易度の高い手術へと普及してきました。最初はハードルが高いとされていましたが、私自身は小さい患児ほど低侵襲手術をしたほうがいいと感じています。

 

*1鉗子…医療現場で使用される器具で、組織や臓器を挟み、牽引したり圧迫したりするのに使われる。

ダヴィンチを使ったロボット支援下手術(練習中の様子)

――低侵襲手術を行うメリットを教えてください。
低侵襲手術のメリットは、傷が小さくて済む、術後の痛みが少なく回復が早いといったものですが、それは大人も同じだと思います。しかしながら、子どもに対する開胸・開腹手術は、今後の長い人生を考えた上で低侵襲手術がより大きな影響をもたらすと考えています。具体的には、胸を大きく切る開胸手術をすると、小児では成人と異なり肋間のスペースが狭く、大人になったときに胸骨変形が起きてしまうことが少なからずあります。腹部の手術でも開腹手術は癒着のリスクが高く、数十年経ってから腸閉塞が起きたりします。手術を受けた子どもは、術後の人生が数十年、長ければ90年、100年以上続きます。私たちはそこまで見据えて治療をするので、将来のリスクを少しでも軽減するためにも、小児や新生児にこそ低侵襲手術をしたほうがいいと考えています。


お子さんとご家族の幸福を考えた治療を

――患者さんは赤ちゃんや小さな子どもなど自分の意志を示せない子どもがほとんどですが、保護者とのコミュニケーションはどうしていますか。

先輩たちからは「私たちは子どもだけではなく、お母さんを診ている」とよく言われました。最初はよくわかりませんでしたが、やっていくうちに理解できました。小児外科の患者さんの中には、どうしても治せない奇形のために一生涯にわたって障害が残ったり、幼くして亡くなる方もいます。もしもそういうことになったとしても、順天堂の小児外科で治療を受けて良かったと思ってもらいたいです。障害のある子を産んだお母さんたちはすごく自分を責めていますが、私は「妊娠前や妊娠中のお母さんのせいではなく、なぜか神様が何かを忘れたんだと思います。これは誰も何も悪くありません」ということも必ずお母さんに伝えます。そうして、お子さんのことも、治療のことも、少しでも悔いなく過ごしてもらうことを大切にしています。

――宮野先生がそのように考えるようになったきっかけがあるでしょうか。
以前勤めていたこども病院で、2000gに満たないほど小さく、育つことが難しい障害を持った子がいました。手術をしたとしても長く生きられないことはわかっていましたが、その子を取り上げた新生児科医が私に、少しでも負担が少なくなるように腹腔鏡手術をしてほしいと依頼がありました。手術はうまくいき、一時的に危険な症状がおさまったため、その子はご家族と一緒に過ごす時間ができました。しかし、数か月後に亡くなったと知り、私は自分は何もできなかったという気持ちでいました。ところが、最後のお見送りのときにお母さんに涙はなく、「おかげさまで我が子と一緒に過ごせて、ずっとできなかった抱っこもできました。ありがとうございました」と言ってもらえました。そのときにお母さんの気持ちを知り、ご家族にできるだけ悔いのない治療を提供したいと思うようになりました。

長い将来を見据えて、より高度な治療を提供

――小児外科医として、やりがいや難しさを感じるのはどのようなときですか。
月並みですが、やはり良い手術ができたときですね。自分の理想に限りなく近い形で手術を終えて回復すると、お子さんもご家族もすごく喜んでくれます。自分の性格的には、よい術後経過をされた患者さんより、思うような経過をされない患者さんのことを常に考えてしまうので、「もっと手術レベルを高めていかなければ」と思います。逆に、難しさを感じるのは術後です。手術がうまくいっても数十年経って合併症が生じる怖さがありますし、先天性異常の患者さんの場合は、生命機能に問題が無くても障害を持ったまま高齢になるまで生きていきます。そういう患者さんのご家族から連絡があるたび、すごく怖いです。しかし、順天堂小児外科の教室員は全員「覚悟」ができています。救いたいという思いがあって小児外科医になったので、困難にも当然のように向き合っていく必要があります。


――若い医局員にはどう成長してほしいですか。
順天堂小児外科にとって医局員は宝ですから、彼らの希望をできるだけ尊重したいと思っています。人によってゴールは違っていて、大学病院の小児外科医でやっていく人もいれば、開業する人もいるので、入局した時点で目指していることや希望を聞き、彼らがそこに辿りつけるように全力でサポートしていきます。

――今後、この小児外科をどのような講座にしていきたいと考えていますか。
手術に関しては、世界のスタンダードとされている考え方と技術を常にキープすることに努めます。その為には、引退するまで毎日の勉強と練習が必須です。そして、世界をリードできるような治療法や技術を確立していきます。ただし、自分たちがスタンダードだと言い張ったところで独りよがりになってしまうので、世界中の多くの臨床現場で真似されるような、世界基準のスタンダードになることを目指していきます。研究面では国内外の多くの施設との前向きな研究を推進していきます。また、順天堂大学やその関連施設の充実したネットワークを活かして臨床・研究両方における総合的なレベルをさらに高めるとともに、他大学や子ども病院とのつながりを強化することが大事だと思っています。そうして高みを目指しながら、忙しくてもお互いに顔を見合って笑顔になる部活のような教室が理想です。


Profile

宮野 剛  Miyano Go

順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児外科・小児泌尿生殖器外科 主任教授
順天堂大学大学院医学研究科小児外科・小児泌尿生殖器外科学 主任教授
2001年順天堂大学医学部卒業。2003年同大学小児外科入局。2006年からアメリカ留学。帰国後は順天堂大学小児外科、静岡県立こども病院外科、順天堂大学浦安病院小児外科を経て、2024年より現職。専門分野は、小児低侵襲外科手術(胸腔鏡、腹腔鏡、ロボット手術)、新生児外科、小児泌尿生殖器疾患、胆道閉鎖症・胆道拡張症。国際小児内視鏡外科学会アジア代表理事、太平洋小児外科学会日本支部事務局長を務める。


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